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(小説)白い世界を見おろす深海魚 5章(微笑みと警戒)

【概要】
広告代理店に勤める新卒2年目の安田(男性)は、不得意な営業で上司から叱られる毎日。一方で同期の塩崎(女性)は、ライター職として活躍している。
長時間労働・業務過多・パワハラ・一部の社員のみの優遇に不満を持ちつつ、勤務を続ける2人はグレーゾーンビジネスを展開する企業から広報誌を作成する依頼を受ける。

【前回までの話】
・序章
・1章
・2章
・3章
・4章




 あの日、青田さんは終止笑みを保ったままだった。

「担当の青田です。よろしくお願いします」
 差し出された名刺には『株式会社キャスト・レオ 広報部 コミュニケーション・フォロー担当』という、馴染みのない肩書きが添えられていた。

 ぼくを来客用のソファーに座らせると、中国絵画の装飾が施されたお盆でコーヒーを持ってきた。
 低いテーブルを挟んで、対面する。

 青田さんのストッキングに包まれた小さな膝小僧が目に入った。

「本日はおこしいただき、ありがとうございます。電話の声からもっと大人の方を想像していたのですが、若いですね。ちょっとビックリしました」
 青田さんは目を細め口元に手を当てた。

 若造が来て、不安に思っているのだろうか。

 ぼくは愛想笑いをした。
 なんでか分からないけど。

 一通り世間話をした後で、青田さんは「じゃあ、本題に入りますね」とクリアファイルから書類を取り出した。

「まずは弊社のビジネスモデルから紹介します。私たちのお客様は会員制という形を取らせていただいてます。そこから独自のネットワークを構築しているんです。コマーシャルとか、広告とか、そういったものに割く予算は限りなく少なくして、その代わりに『口コミというお客様とお客様との評判で、商品を買っていただけるようにしていこう』という宣伝方法を行っています。例えばこうやって……」
 青田さんはレポート用紙を取り出し、簡単な人の図を描き、一人と二人を線で結び、線で結ばれた各二人から四人の図を書いて、それぞれを線で結んだ。

 これって……〝マルチ〟とか〝ネズミ講〟っていう違法ビジネスじゃなかったっけ?

 不信な顔をしてしまったのだろうか。
 青田さんは「ネズミ講とか、そういったのとは違いますよ」とかぶりをふった。

「私たちの業務は残念ながら世の中に不信感を持たれてしまいます。実はその問題を解決するための冊子を作りたいのです」
「解決するための冊子?」
 手帳を広げて、内ポケットに刺しているボールペンを取り出した。

「まず、私たちのやっている事業が『ネズミ講』といった犯罪行為でないこと、そして会員になることのメリットをお知らせします」

「なるほど……どういった方法をお考えですか?」
 ぼくの質問に、彼女は身振り手振りを交えて素早く答えた。

「まず優秀な会員の方に、御社のライターがインタビューをしていただきます」
「優秀な会員……ですか?」
「はい。たくさん会員を増やしてくださった方です。そういった方が優秀な会員となります。そして彼らのメリットは、紹介された方が買い物された当社製品の売り上げを数パーセント、お渡しすることだとお知らせします」

「ちょっと待ってくださいッ」
 ぼくは青田さんの言葉を手で制した。
「わたしは詳しく解らないのですが、それって本当に〝ネズミ講〟との違いはあるんですか?」
 彼女は「へっヘー」と得意げな表情を見せた。まるで、めずらしい昆虫でも捕まえてきた子どものように。
「その答えを、今度取材する会員にしゃべってもらいます。わたしの口からだと、どうしてもウソっぽく聞こえちゃうでしょう?」
「はぁ……」
 次の顧客先への訪問時間が迫ってきていた。
 ぼくは腑に落ちないまま、急ぎ足でエクセルで作っておいたスケジュール表を使って、今後の予定を説明した。

 彼女は承諾をすると、こんな話を切り出した。

「安田さんって、モテるでしょう?」

つづく

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#創作大賞2023

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広報の仕事

リアルだけど、どこか物語のような文章。一方で経営者を中心としたインタビュー•店舗や商品紹介の記事も生業として書いています。ライター・脚本家としての経験あります。少しでも「いいな」と思ってくださったは、お声がけいただければ幸いです。