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【小説】白い世界を見おろす深海魚 66章 (それぞれの立場)

【概要】
2000年代前半の都内での出来事。
広告代理店に勤める新卒2年目の安田は、不得意な営業で上司から叱られる毎日。一方で同期の塩崎はライター職として活躍していた。
長時間労働・業務過多・パワハラ・一部の社員のみの優遇に不満を持ちつつ、勤務を続ける2人はグレーゾーン(マルチ)ビジネスを展開する企業『キャスト・レオ』から広報誌を作成する依頼を高額で受けるが、塩崎は日々の激務が祟り心体の不調で退職を余儀なくされる。
そんな中、安田は後輩の恋人であるミユという女性から衰退した街の再活性化を目的としたNPO法人を紹介され、安価で業務を請け負うことを懇願される。
人を騙すことで収益を得る企業と社会貢献を目指すNPO法人。2つの組織を行き来していく過程で、安田はどちらも理不尽と欲望に満ちた社会に棲む自分勝手な人間で構成されていることに気づき始めていた。本当に純粋な心を社会に向かって表現できるアーティストのミユは、彼らの利己主義によって黙殺されてようとしている。
傍若無人の人々に囲まれ、自分の立ち位置を模索している安田。キャスト・レオの会員となっていた塩崎に失望感を抱いきつつ、彼らの悪事を探るため田中という偽名を使い、勧誘を目的としたセミナー会場へ侵入するが、不審に思ったメンバーによって追い出される。諦めて会場をあとにする安田の元に騙されてセミナーに出席した男が近づき、これまでの経緯を話すことを告げられる。話を聞こうとする安田だが、彼の行動を怪しんだ会員が跡をつけて、安田を拉致していく。

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「私は、今日のセミナーに参加した人から感想を聞いていただけです」
 最初の言葉をもう一度繰り返す。

「雑誌かなにかに投稿するつもりで? それともネットにでも書くつもりかな?」
 斎藤さんは眉を八の字に曲げて、困苦した顔を見せる。しかし、目の奥の光には怒りが宿ったままだ。

「お前のやっていることは、営業妨害なんだよ」とメガネの男が耳元で叫ぶ。先ほどの失敗のせいだろう。微かに声が震えていた。出口には、あごひげの男がこちらを睨みつけている。

 彼らはキャスト・レオの社員、もしくはメンバーなのだろか。それとも雇われの用心棒みたいなものか。青田さんとは違って、とてもマトモな職業の人間には思えない。アッチの筋の人なのかもしれない。

 斎藤さんは立ち上がり、一歩近づく。咄嗟にぼくは一歩、後退する。

「ただでさえ悪い評判が立ちやすい仕事なんですよ。どうか、あなたの軽率な行動を止めてもらいたい」
 あごひげの男は出口を背にしたまま、ぼくを睨みつける。

「どういったことが目的か知らないが、この仕事に命を賭けている人がたくさんいるんだ。こずかい稼ぎの学生もいるが、多大な借金を返すために活動しているヤツもいる。ガキや女房を食わすために、それこそ失敗したら死ぬ覚悟で必死に勧誘しているんだよ。どうかそのことを分かってもらいたい。それに、今の君の立場……分かっているよね? 下手したら今の勤め先をクビになるよ」と低い声で喋る。

「お前、どこの雑誌のモンだ? 名刺出せよ」
 メガネの男の怒鳴り声に、ぼくは首を横に振った。代わりに斎藤さんが応える。

「彼は雑誌記者じゃないよ。単なる小さな広告屋の営業マンだ。さっき喋った通り、個人的な興味で来たのかもしれないな」
 それを聞くと、喉の奥を微かに揺らす笑い声を漏らした。
「マジかよ。おもしれぇヤツだな」

 金になること以外の目的で動く……という行為は、彼らはとっては奇異に見えるのかもしれない。

「もう行っていいよ」

 斎藤さんは手のひらで出ていくように示す。あごひげの男が壁際に寄ったが、一人がようやく通れるほどのスペースしか空かなかった。動揺をしている姿を晒すのが癪だった。こんなヤツらに負けたくない。ギリギリのプライドが、出口へ向かう脚の動きをあえて遅くさせた。逃げるような急ぎ足になって、怯えた自分を晒したくなかった。

 あごひげの男の前を通った際、あの吐き気のするようなコロンのニオイが鼻をついた。

 部屋から出るときに「では、また……」という斎藤さんの声が聴こえた。背中が震え、足が止まりそうになる。

 耐えろ。自分を叱咤して、外に出た。カウンターにいたチンと呼ばれた老人は、どこかへ消えていた。

つづく

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ほろ酔い文学

リアルだけど、どこか物語のような文章。一方で経営者を中心としたインタビュー•店舗や商品紹介の記事も生業として書いています。ライター・脚本家としての経験あります。少しでも「いいな」と思ってくださったは、お声がけいただければ幸いです。