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【小説】白い世界を見おろす深海魚 49章 (冬空の路上で)

【概要】
2000年代前半の都内での出来事。
広告代理店に勤める新卒2年目の安田は、不得意な営業で上司から叱られる毎日。一方で同期の塩崎はライター職として活躍していた。
長時間労働・業務過多・パワハラ・一部の社員のみの優遇に不満を持ちつつ、勤務を続ける2人はグレーゾーンビジネスを展開する企業から広報誌を作成する依頼を高額で受ける。
そんな中、安田は後輩の恋人であるミユという女性から衰退した街の再活性化を目的としたNPO法人を紹介され、安価で業務を請け負うことを懇願される。
人を騙すことで収益を得る企業と社会貢献を目指すNPO法人。2つの組織を行き来していく過程で、安田は理不尽と欲望に満ちた社会での自分の立ち位置を模索する。

【前回までの話】
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49

 冬が濃くなっていく。乾いた道路を撫でる風も、晴れた空も、どこか白色のフィルムを重ねたように映る。
 塩崎さんから連絡があったのは、東京独特の突き刺さるような寒さに耐えながら出勤しているときだった。
 ディスプレイに表示されている塩崎さんの名前。駅に向かう脚が止まった。

「ひさしぶりね」
 少しこもった弱々しい声。

「うん、ひさしぶり。元気にしてた?」
 身体の震えを抑えながら、携帯電話を握りしめる。

「まぁまぁよ。突然電話しちゃって、ごめんね」
 彼女の「まぁまぁよ」は、吐き捨てるような響きだった。

「わたし、安田君に話したいことがあるの。今度の日曜日にでも時間取れるかな?」

話したいこと? なんだろう?

「あぁ、仕事を片付けた後になりそうだけど……」
 肩を使って携帯電話を耳に押し付け、カバンから手帳を取り出す。前後に大きな仕事が入っていないから、夕方までにはオフィスを出られそうだ。

「うん、ありがと。じゃあ、夜の6時に板橋っていうところに来てもらっていい? 埼京線で池袋の隣にある駅よ

「うん」とぼくはこたえながら、塩崎さんのアパートがそこにあることを思い出した。
 胸が高鳴った。いつの間にか寒さを感じなくなっている。代わりに妙な緊張感で、手の平が湿りだす。

「じゃあ、またね」
 そういって電話は切れた。

 JR板橋駅の改札口で塩崎さんを待った。彼女は約束の時間を十分ほど遅れてやってきた。白のロングコートにベージュのマフラーを巻いている。

「ごめん、遅れちゃったね」と無邪気に笑う。
 急いできたのか、頬がほんのり赤くなっていて呼吸が乱れていた。口からは頻繁に白い息が漏れ、鼻をくすぐったくさせるような匂いがした。

「安田君、お腹空いている?」
 どこか店に入るのだろうか。
「うん、まぁ……」と、ぼくはうなずいた。

 なるべく仕事を早く終わらそうと、カロリーメイトをかじりながら企画書を作っていた。今日は他に何も食べていない。

「私ね、グラタン作ったの。一緒に食べようよ」

 細い手が伸びて、ぼくの手を弱々しく握った。気をつけていないと崩れてしまいそうな華奢な指先が、手の平に擦れて、くすぐったい。

 今から塩崎さんのアパートに行くのか。なんとなく、彼女をこれから抱くんだろうな……という勝手なイメージがあった。彼女の匂い、肌の温もりを想像する。ぼくは空いている手をポケットに突っ込んだ。

つづく

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ほろ酔い文学

リアルだけど、どこか物語のような文章。一方で経営者を中心としたインタビュー•店舗や商品紹介の記事も生業として書いています。ライター・脚本家としての経験あります。少しでも「いいな」と思ってくださったは、お声がけいただければ幸いです。