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(小説)白い世界を見おろす深海魚 27章(チームプレイ)

【概要】
2000年代前半の都内での出来事。
広告代理店に勤める新卒2年目の安田は、不得意な営業で上司から叱られる毎日。一方で同期の塩崎は、ライター職として活躍している。
長時間労働・業務過多・パワハラ・一部の社員のみの優遇に不満を持ちつつ、勤務を続ける2人はグレーゾーンビジネスを展開する企業から広報誌を作成する依頼を受ける。

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27

「じゃあ、スリー・オン・スリーでやりまーす。まず、チーム分けをしたいと思うけど、この中でバスケの経験がない人はいますか?」

 手を挙げたのは、ぼくひとりだった。ミユも経験者なのか……。スポーツができるようには見えない。どちらかというと文化系で放課後は運動なんかせずに、さっさと家に帰ってポエムを書いているイメージがある。

 チームはミユと大男と一緒になった。体育の授業でしかやったことのないぼくは、極力味方にパスを回す役に徹しようと思った。みんな次々とシュートを決めていく。しかも、ほとんど狙いを外さない。上山は空中で踊るように身体をくねらせてボールをゴールに叩き込む。コイツがバスケをやろうと提案した理由が分かった。普段、仕事で下っ端の仕事を中心にやらされている分、違う場所で先輩社員に輝く姿を見せたかったのだろう。

 時間が経つにつれて、パスを回すだけでは済まなくなってきた。大男が「シュートッ」と叫ぶようになった。投げなきゃならざるを得ない状況。ぼくは彼の言葉に反射的にシュートを打つが、ほとんど外してしまう。相手チームがすかさずボールを奪う。大男の「しょうがねぇな」と、むっつりとした表情を見ると憂鬱な気分になった。結局、ぼくがいるチームは大負けをした。

 1ゲームを終えて休憩をしているときに「ハイ」という声と共に、目の前にペットボトルのアクエリアスを持った手が出てきた。細く、白い手。塩崎さんだと思い「ありがとう」と受け取るとミユだった。

 初めて話し掛けられた。彼女はまっすぐ前を向いたまま、隣に座ると自分のペットボトルの蓋を開けた。汗と石鹸の混じったニオイが漂っていた。ぼくの右腕と彼女の左腕の距離は、体温を感じられるほどに近い。

「もっとワガママに動くといいよ」
 寝起きのような、ゆったりとした口調だった。

「え?」

 なにを言っているのか分からず、ぼくは聞き返した。

「安田さんは周りのことを気にし過ぎている。もっと自分勝手に動いている姿を想像してみて。ジャンプして、ボールを投げて、ゴールをする姿」

 彼女は顔を向けて、ぼくの肩の辺りを見つめる。

「安田さんなら、それができるよ」

 ボールを抱えて、ゴール下に向かって歩き出した。やってみろ……ということなのだろう。着いていくと、ぼくに向かってボールを放った。他のメンバーの視線がこちらに向いているのを背中で感じる。

「想像するの」と、自分のこめかみを人差し指で押し付ける。ぼくはうなずいた。宙に浮きながらゴールを決める他のメンバーの姿を思い出し、跳ぶ。

 突然、ミユが目の前に現れて動きを止めた。身体は小さいが、ぼくと同じくらいの高さにいる。身体が硬直する。着地をする前にボールを放つがゴールに入らなかった。

「人を気にしちゃダメだよ」

 口調がキツくなっていた。下手クソなぼくを見かねて指導してくれている。今まで、無関心を装っていたのに。転がっているボールを拾い上げて、渡してくる。

 もう一度。ドリブルを二回した後で、再び跳ぶ。また視界にミユの姿が出てくる。

 まだ高く跳べる。

 「キャッ」という声と共に、胸にミユの小さな頭が当たる感触があった。ゴールが近づいてくると、自然にボールを支えていた右手首が動く。入る。放つ前に、確実に決まることが分かった。実際にリングにさえ当たることなく、ボールはネットの間をすり抜けた。コートの外から誰かの歓声が聞こえた。

 地面に着地したとき、ミユと目が合った。ぼくとぶつかった部分だろう。頭をさすっている。

「ごめん」

 駆け寄ると、口の部分が僅かに上がっていることに気がついた。赤い顔をしてにやけている。「うん、今の感じ」と独り言のように呟いた。彼女が可愛らしく感じられた瞬間だった。上山が彼女を恋人にした理由が分かった気がする。

 それから他のメンバーと比べて相変わらず下手クソだが、なんとかシュートを決められる率が高くなった。重い束縛から解き放たれたように、動きやすくなり、気がつけばゲームに集中していた。余計なことを考えず、頭をカラッポにして激しく動くのは何年ぶりのことだろう。水泳だと、こうはいかない。ひたすら水を掻くことに集中しているときでも、頭の片隅でなにかを思考している。

 ぼく達は何度かゲームをした後、ファミレスで食事をした。上山の車で駅まで送ってもらい、家に着いた頃には日付が変わっていた。


 翌日、鈍い痛みが太腿に走った。水泳では何キロ泳いでも聞こえてこない筋肉の悲鳴。

「あたしもひどい筋肉痛だよ。普段の運動不足が祟ったね」

 オフィスで、塩崎さんは肩を回しながら「朝、ベッドから起きた瞬間に、今日は会社を休んじゃおうと思ったぐらい」と笑った。

 上山は、風邪……という理由で遅刻した。

つづく

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#創作大賞2023

リアルだけど、どこか物語のような文章。一方で経営者を中心としたインタビュー•店舗や商品紹介の記事も生業として書いています。ライター・脚本家としての経験あります。少しでも「いいな」と思ってくださったは、お声がけいただければ幸いです。