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(小説)白い世界を見おろす深海魚 13章(空虚な会話とベルギー産のビール)

【概要】
2000年代前半の都内での出来事。
広告代理店に勤める新卒2年目の安田は、不得意な営業で上司から叱られる毎日。一方で同期の塩崎は、ライター職として活躍している。
長時間労働・業務過多・パワハラ・一部の社員のみの優遇に不満を持ちつつ、勤務を続ける2人はグレーゾーンビジネスを展開する企業から広報誌を作成する依頼を受ける。

【前回までの話】
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13

 塩崎さんは斎藤さんと向かい合って座っていた。
 末席が空いている。彼女がそこに座れば、ぼくはどこに座ればいいか分からずにテーブルのそばで立ちすくんでしまうだろう。塩崎さんは自分役割とぼくの性格を把握しているようだった。

 テーブルを挟んだ正面に青田さんはハンドバックを背に腰掛ける。革製の椅子が擦れる音。彼女と目が合う。一瞬、彼女の目が意味深な光りを帯びたような気がした。急いで手元に置かれている店名が刻印された青色のコースターに目を移す。

「とりあえず、おすすめのボトルワインを注文しちゃうけど、いいですか?」
 斎藤さんは手に持っていたメニューを閉じて、ぼくたちを見回す。
「それとも……アイルランド産だけど旨いビールがあるから、それにしちゃおうか?」
 彼はこういう店での注文に慣れているようだ。
 塩崎さんもぼくと同じことに関心を抱いているようで、グロスで濡れた唇を微かに開き、彼の行動を見つめていた。
 これでは、ぼく達の会社が貧しいみたいだ。
 まぁ接待費も出してくれないし、給料も安いが…。先ほど斎藤さんが喋っていた『格差』についての話を思い出す。高級バーラウンジに戸惑っているぼく達は、どうやらキャスト・レオよりも社会の底辺に近い位置にいるようだ。青田さんがムール貝とマッシュルームの料理を取り分ける様子を見ながら、そんなことを考えた。

 料理を食べながらベストセラーになった経済本について、それからそれぞれの趣味に話題は移った。斎藤さんはサッカー好きで、社会人のフットサルチームに入っている。
 青田さんは、ポメラニアンを飼っている。名前は『リュービ』と『コーメイ』。三国志好きでもあるらしい。塩崎さんはウィンドウショッピング。休日は表参道や銀座に行き、ジュエリーや洋服を見て回っている。

「ただ、見てるだけ。そして、それを着けている自分を想像するんですよ。まぁ、想像するだけならタダですからね」と、自虐的だが、暗さを感じさせない口調を使いこなしていた。

「安田さんは?」
 斎藤さんが目を向ける。
 ぼくの趣味。なんなのだろう……。
 少し考えた後で「水泳かな?」と言った。

「へー、どこのジムに行かれるのですか?」
「いや、市民プールです」

 ドラマに出てくるようなスポーツクラブに通いたい気持ちはあるが、会費が高過ぎる。それに比べて、公共施設はシャワーやロッカー等といった設備はボロいが、ずっと安い。ただ、休日の昼間に行くと、浮き輪を持った子どもだらけでやりきれない気持ちになる。はしゃぐ家族連れの間を縫うように泳いでいると、逆にストレスが溜まる。

 表面的な会話。それだけで時間は過ぎていった。社交辞令の笑顔。とくに楽しくもないが愉快な素振りをみせる。
 塩崎さんは遠慮がないようだ。グラスのワインと同じ色に頬を染めて、斎藤さんのリップサービスを聞きながら楽しそうに笑う。
 ぼくは彼女のように気軽に人に酔っぱらっている姿を晒せないし、斎藤さんのように盛り上がる話の一つもできない。ただ、時間が過ぎるのを待つだけだった。

つづく

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リアルだけど、どこか物語のような文章。一方で経営者を中心としたインタビュー•店舗や商品紹介の記事も生業として書いています。ライター・脚本家としての経験あります。少しでも「いいな」と思ってくださったは、お声がけいただければ幸いです。