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(小説)白い世界を見おろす深海魚 12章(都心のBarの存在について)

【概要】
2000年代前半の都内での出来事。
広告代理店に勤める新卒2年目の安田は、不得意な営業で上司から叱られる毎日。一方で同期の塩崎は、ライター職として活躍している。
長時間労働・業務過多・パワハラ・一部の社員のみの優遇に不満を持ちつつ、勤務を続ける2人はグレーゾーンビジネスを展開する企業から広報誌を作成する依頼を受ける。

【前回までの話】
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12

 その日の午後7時に、ぼく達は芋洗坂のそばにあるバーへ行った。上京したての頃は、そんな田舎くさい坂の名前に似つかわしくない優雅な街の風景に驚いた。   駅前に建つ巨大な森ビルも、人も、車も洗練されていて、こっちが潰されてしまいそうなほどの存在感を放っている。
 カフェのテラスに小型犬と座っている若い女性は、名誉ある選出者の笑みを浮かべているようにみえる。考え過ぎだろうか。地方出身のぼくは、どこかで劣等感を抱いてこの街を眺めていた。

 バーも、そんな排他的な雰囲気をまとっていた。

 よく磨かれたガラスが取り付けられた入り口。向こう側にはチャコール色の床が広がっている。カウンターの一番手前には頭髪の薄い西洋人。隣に座っている長い黒髪の女性と会話は、口の動きからして日本語ではなさそうだ。毛だらけの太い左腕に巻かれた銀色の腕時計は柔らかい炎のような照明を浴びて、動かす度に細かい光を放っていた。
 バーテンダーは、余裕のある表情でカクテルシェイカーからピンク色の液体をグラスに注ぐ。
 扉を開けると、耳の奥が揺れるピアノの音色が流れていた。スピーカーから流れてくるものではない。奥にグランドピアノの演奏者がいることに気づく。

 脚が止まる。

 考えていることが分かったのだろうか。青田さんは「私たちの会社持ちですから安心してください」と腕をからませて店へと誘った。傍から見るとカップルのようだろう。塩崎さんに見られていないかな。彼女の姿を探したが、どうやら斎藤さんと一緒に先に奥のリザーブシートへ行ったようだ。

つづく

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広報の仕事

リアルだけど、どこか物語のような文章。一方で経営者を中心としたインタビュー•店舗や商品紹介の記事も生業として書いています。ライター・脚本家としての経験あります。少しでも「いいな」と思ってくださったは、お声がけいただければ幸いです。