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【小説】白い世界を見おろす深海魚 70章 (片隅で息づく)



【概要】
2000年代前半の都内での出来事。
広告代理店に勤める新卒2年目の安田は、不得意な営業で上司から叱られる毎日。一方で同期の塩崎はライター職として活躍していた。
長時間労働・業務過多・パワハラ・一部の社員のみの優遇に不満を持ちつつ、勤務を続ける2人はグレーゾーン(マルチ)ビジネスを展開する企業『キャスト・レオ』から広報誌を作成する依頼を高額で受けるが、塩崎は日々の激務が祟り心体の不調で退職を余儀なくされる。
そんな中、安田は後輩の恋人であるミユという女性から衰退した街の再活性化を目的としたNPO法人を紹介され、安価で業務を請け負うことを懇願される。
人を騙すことで収益を得る企業と社会貢献を目指すNPO法人。2つの組織を行き来していく過程で、安田はどちらも理不尽と欲望に満ちた社会に棲む自分勝手な人間で構成されていることに気づき始めていた。本当に純粋な心を社会に向かって表現できるアーティストのミユは、彼らの利己主義によって黙殺されてようとしている。
傍若無人の人々に囲まれ、自分の立ち位置を模索している安田。キャスト・レオの会員となっていた塩崎に失望感を抱いきつつ、彼らの悪事を探るため田中という偽名を使い、勧誘を目的としたセミナー会場へ侵入するが、不審に思ったメンバーによって追い出される。諦めて会場をあとにする安田の元に騙されてセミナーに出席した男が近づき、これまでの経緯を話すことを告げられる。話を聞こうとするが、彼の行動を怪しんだ会員が跡をつけて拉致。これ以上の詮索を止めるよう脅しを受ける。
恐怖よりも嫌悪感が勝っていた。
安田は業務の傍ら悪事を公表するため悪戦苦闘しながら記事作成をする。


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70

 帰宅するとすぐにパソコンを開き、こたつテーブルに置きっぱなしにしていた取材メモを開いた。数ヶ月前に塩崎さんが書いた、メンバーに配られるパンフレットを書類棚から取り出す。スーツ姿で、暖房のスイッチも入れないままでしばらく読みふける。参考箇所は蛍光ペンでマーカーを引いた。

 眠気に支配された頭をむりやり回転させる。一番最初に書いたときと同じように、ひたすら頭から吐き出される文章をパソコンに打ち込んでいく。コンビニで買ってきたサンドイッチと缶コーヒーで眠気を取り払いながら。

 途中で言葉が見つからず手が止まると、思い浮かぶまで手元の雑誌をめくる。時間が経つにつれて、こういった休憩を頻繁にするようになった。集中力が続かない。キーボードを叩く手が止まる。これなら営業の仕事をやりながら、少しずつでもいいから文章作成の練習をしておけばよかった。

 乾いた目を癒すために、まぶたを閉じる。次に開いたとき、外から鳥の鳴き声がした。窓から見える夜の黒い空は、濃い青へと変わっていた。

 朝が来たのか……目に染み込んでくるような光を放つデスクトップには、4000字程度のワードで作った原稿が開いたままだった。


 この記事をどこかで発表できないだろうか。シャワーを浴びながら、考えてみた。

 大手は、こんな素人が書いた記事なんて掲載してくれないだろう。どこか記事を欲しがっている中小の出版社はないだろうか。思いつく限りの出版社を頭の中で並べてみた。推敲を重ねれば、なんとか持ち込めるような記事になるかもしれない。

 昼休みにオフィスビル内にある本屋に行って、並んでいる経済雑誌を片っ端からチェックしてみた。ほとんどがメジャーなタイトルだったが、専門的な分野に絞り込んでいるマニアックなものもあった。

 そのなかで『アリシア』という平積みにされている雑誌に目がいく。
 今日が発行日だというにも関わらず、有名雑誌によって端へ追いやられている。B5サイズで他の雑誌よりも小さな形態。表紙は有名人や風景の写真ではなく、人なのか木なのか分からない抽象的な水彩画だった。

 特集は『歌舞伎町に君臨するキャバクラA店に学ぶ経営学』というものだった。その他に『T社の下請け会社の悲劇』や『あのロリコングループに見られるもうけのカラクリ』。小さい見出しだが『素人の副業は不幸への入り口』という企画もある。屈折したものやニッチな経営情報を売り物にしているらしくて、どちらかといえば大衆雑誌というよりも、コアな人たちをターゲットにしたものだった。

『ネットワークビジネス』についての連載記事もあった。
 このビジネスに対する経済学者の批判的なインタビューや会員だった人達の悲惨な体験談。イニシャルで隠されているが企業の売り上げデータや会員数、取り扱う商品などが掲載されていた。こういった記事を掲載する雑誌なら、ぼくの原稿を使ってくれるかもしれない。奥付に記載されている会社名と場所、連絡先を確認した。


 場所は千代田区神保町にあるビルの三階にあった。

つづく

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ほろ酔い文学

リアルだけど、どこか物語のような文章。一方で経営者を中心としたインタビュー•店舗や商品紹介の記事も生業として書いています。ライター・脚本家としての経験あります。少しでも「いいな」と思ってくださったは、お声がけいただければ幸いです。