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(小説)白い世界を見おろす深海魚 10章(栄光と虚言)

【概要】
2000年代前半の都心の片隅での出来事。
広告代理店に勤める新卒2年目の安田(男性)は、不得意な営業で上司から叱られる毎日。一方で同期の塩崎(女性)は、ライター職として活躍している。
長時間労働・業務過多・パワハラ・一部の社員のみの優遇に不満を持ちつつ、勤務を続ける2人はグレーゾーンビジネスを展開する企業から広報誌を作成する依頼を受ける。

【前回までの話】
・序章
・1章
・2章
・3章
・4章
・5章
・6章
・7章
・8章
・9章

10


「会員になりそうな人を紹介してください。あとは、普通に生活をしていただければいいのです」
「生活?」
「そう。会員を増やした時点で、勧誘者は紹介料として数パーセントのマージンが入ります。また当社の製品を買っていただいても同じです。ネットワーク上で広がっているので、誰かが買うと勧誘者にお金が入る仕組みです。ここまでだと先ほど申し上げたマルチと同様に聞こえますが、当社の行っているネットワークビジネスの違いが二点あります。第一に『会員は無理に勧誘活動をする必要がない』ということです。我々が週に二回行っているパーティーに、お友達と一緒に来ていただければいいのです。そこで話を聞いて、気に入ったら紹介者は会員になればいいのです。第二に『服飾品という生活必要品を取り扱っているので需要は必ずある』ということなんです」

「これらのことがあるので、法律違反にはならないということなのですね」
「むしろ、社会貢献になっているんですよ。我々はこれからアパレルデザイン会社と提携を結んで行くつもりです。今、服飾デザイナーの数はどんどん増えています。その中には独立をする方もいますが、多くが事業に失敗します。例えば年に200件程度のデザイン会社が立ち上がるとします。この中で成功するのは何件か知っていますか?」
 斎藤さんは、ぼくに視線を移した。
 ぼくは「知りません」と首を振る。予想通りの反応だったのだろう。満足そうな笑みを浮かべた。
「3件程度です。わずかそれしか残らないのです。しかし、私たちとコラボレーションをすることで、多くの方々に彼らのデザインをアピールすることができます。これによって需要が増え、彼らの生存率はグッと高くなってきます。これって素晴らしい社会貢献だとは思いませんか?」

 青田さんが微笑みながらうなずく。斎藤さんは熱を帯びて、さらに喋る。

「それに、この“ネットワークビジネス”というのは、経済を活性化させる有効的な手段だと述べている経済学者もいます。あのクリントン前大統領も推奨しているビジネスなのです」

 彼はルイ・ヴィトンのバッグから一冊の新書を出して、テーブルの上に乗せた。

『ネットワークビジネスが不況を救う』というタイトルで、付箋が挟まっている箇所を開くと白黒のクリントン前大統領の写真が掲載されていた。
「このビジネスはこれからグングン伸びます。なんと、当社製品は女性からの絶大な指示を得ている歌い手のアユミさんも着用しているのです」
 そういって斎藤さんは次にカバンから(色々なものが出てくるカバンだ)一枚のボードを取り出した。そこには女性のポップなイラストが描かれていた。
 これが歌手のアユミなのだろうか? 製品を身につけている彼女の写真なら、もっと信憑性があるのに……。
 なるほど、と塩崎さんは関心なのか、単なる相槌なのか分からない返事をした。「会員に無用に商品を買わせる必要がない。それとパーティに参加してもらうだけで、本人から無理に勧誘を仕掛ける必要がないという〝マルチ〟とは、また違うネットワークを利用したビジネスなんですね」

斎藤さんは「正解」と指を鳴らした。

塩崎さんは、彼のおどけた行動に微笑む。
「そうなんです。誰も損をしないWIN-WINの関係を保てるビジネスモデルです。だから会員になるかどうか悩んでいる方はすぐに入会した方が得ですよ。あっ、この部分は絶対に記載させといてくださいね」

彼は机を人差し指で叩いた。

つづく



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#創作大賞2023


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広報の仕事

リアルだけど、どこか物語のような文章。一方で経営者を中心としたインタビュー•店舗や商品紹介の記事も生業として書いています。ライター・脚本家としての経験あります。少しでも「いいな」と思ってくださったは、お声がけいただければ幸いです。