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(小説)白い世界を見おろす深海魚 32章

【概要】
2000年代前半の都内での出来事。
広告代理店に勤める新卒2年目の安田は、不得意な営業で上司から叱られる毎日。一方で同期の塩崎は、ライター職として活躍している。
長時間労働・業務過多・パワハラ・一部の社員のみの優遇に不満を持ちつつ、勤務を続ける2人はグレーゾーンビジネスを展開する企業から広報誌を作成する依頼を受ける。

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32

  塩崎さんが会社に来なくなった。社員の出欠を知らせるホワイトボードには、『塩崎→体調不良』という赤い文字がいつの間にか書かれてあった。
「風邪ですか?」
 同じ部署の上司に聞いてみたら「ちょっと長引くかもしれないね」という言葉が返ってきた。
 キャスト・レオの取材は、上山で代用することにした。
「あの会社って、塩崎さんの担当している会社ですよね?」
 彼は笑顔で訊いてきたが、話し方に「拒否したい」というニュアンスが含まれていた。スケジュールの詰め込み過ぎで余裕のない業務の上に、さらに休んでいる塩崎さんのフォローをしなければならないのだ。嫌がって当然だろう。

「頼む、ライターが他にいないんだよ」
「お願い」と、ぼくは彼に向かって両手を合わせた。
「まぁ、塩崎さんが病欠しているからしょうがないですよね」と、上山は笑顔を保ったまま承知した。

「悪いな」と何度も言いながら、やけに後輩に気を使っている自分が悲しくなる。でも、これでなんとか塩崎さんの穴を埋めることができた。

「あそこはたしか、ねずみ講の会社ですよね。社内でも話題になっていますよ」
 キャスト・レオに行く途中、上山がそんなことを話してきた。やっぱり気になるよな。

「社員やメンバーは『ネットワークビジネス』って呼んでいるけど」
「そんなの言葉の違いなだけですよ」

 斎藤さんが言っていた『マルチ』と『ネットワークビジネス』の違いは、話さなかった。多分、ぼくでも上手く説明できないだろう。普段は頭がカラッポに見える上山だが、たまに鋭い質問を投げかけてくる。それに答えられる自信がなかった。

 話題はキャスト・レオから、バスケットボールになった。上山が「また、やりましょうよ」と提案してきたとき、ぼくはミユと会ったことを思い出した。

「この前、ミユちゃんが会社の前にいたよ。お前に会いたがっていたみたいだけど……」

 上山の表情が曇った。

「ミユが? なんだろう?」
「たまたま近くを通ったから、寄ってみただけじゃない?」

 そう言うと上山は大げさに、うなだれた。ため息をついて「最近のアイツ、重いんですよね……」と漏らす。

「記念日を忘れたり、慰めてやらなかったり、連絡をしなかったりすると。すげぇ怒るんですよ」

「うん、そうなんだ。大変だね」と、ぼくは簡単に返した。

 上山が言うには、彼女は一度恋をすると相手に集中してしまい、自分と同様の恋愛観を相手にも求めてしまうタイプだという。

つづく

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#創作大賞2023

リアルだけど、どこか物語のような文章。一方で経営者を中心としたインタビュー•店舗や商品紹介の記事も生業として書いています。ライター・脚本家としての経験あります。少しでも「いいな」と思ってくださったは、お声がけいただければ幸いです。