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(小説)白い世界を見おろす深海魚 17章(十八平米の世界観)

【概要】
2000年代前半の都内での出来事。
広告代理店に勤める新卒2年目の安田は、不得意な営業で上司から叱られる毎日。一方で同期の塩崎は、ライター職として活躍している。
長時間労働・業務過多・パワハラ・一部の社員のみの優遇に不満を持ちつつ、勤務を続ける2人はグレーゾーンビジネスを展開する企業から広報誌を作成する依頼を受ける。

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17

 プールの帰りに閉店間際のダイエーで、半額になった総菜と発泡酒を買う。
 買い物袋をぶら下げながら十八平米のアパートに帰って、深夜テレビを観ながら食事をして、眠る。翌日には出社を控えているため、深酒はしない。

 これがぼくの週末。
 買い物先の店員や休日出勤している社員以外は人と会うこともない。社会人になってからは、学生時代の友人との関係も希薄になっている。
 ぼくには大学時代、同じゼミで出会った恋人がいる。彼女は二つ年上。今は故郷で百貨店の受付をしているらしい。最近では、ほとんど連絡を取っていない。週に一度、携帯電話でメールのやりとりをする程度の関係になっている。ぼくが上京した辺りから、彼女の態度は次第によそよそしくなった。
――最近どうしてる?
――元気でいるよ。
――今度、実家に帰るからそのときに会おうよ。
――うん、予定が空いてたら会おうね。

 しかし、ぼくが故郷に帰っても彼女は「仕事が忙しい」という理由で会うことはない。メールでの「ごめんね」という謝罪にも、いいかげん辟易してきた。もう怒る気力もない。

 でも別れることはなかった。いや、もう彼女の中では、とっくにこの恋は終わっているのかもしれない。

 ぼくは一人になったことを、ただ認めたくないだけなのだ。
 故郷と自分を結びつける関係が少なくなることを恐れている。

 ぼくには、故郷がある。

 そう言い聞かせる。そこには大切な人がいる。いつでも帰りを待ってくれている人がいる。自分は冷淡で、合理的ものと猥雑なもので一緒くたになった東京を浮遊する根無し草ではない。そう思っていたいだけなのかもしれない。

 発泡酒を一気に飲み干して、万年床に寝転んだ。テレビからは、裸に近いコスチュームを着た女の子が出ているアニメが流れていた。チャンネルを変える気力もないから、無機質な白い天井を見上げることにした。

 もしかしたら、こんな生活が一生続くのかもしれない。
 そんな考えが頭をよぎった。

 毎日夜遅くまで働いて、週末の水泳と発泡酒を楽しみにして生きていく。大きな不幸も幸福もない人生。なにも求めず、なにも与えることのない自分自身。ただ歳をとってく。
 それも悪くはないな……。ぼんやりと考えていると、無性におかしくなってきた。ぼくは小声で笑った。隣の部屋の住人に聞こえないように、薄い部屋の壁を気にしながら。

つづく

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リアルだけど、どこか物語のような文章。一方で経営者を中心としたインタビュー•店舗や商品紹介の記事も生業として書いています。ライター・脚本家としての経験あります。少しでも「いいな」と思ってくださったは、お声がけいただければ幸いです。