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【小説】白い世界を見おろす深海魚 58章 (弱者からの発信)

【概要】
2000年代前半の都内での出来事。
広告代理店に勤める新卒2年目の安田は、不得意な営業で上司から叱られる毎日。一方で同期の塩崎はライター職として活躍していた。
長時間労働・業務過多・パワハラ・一部の社員のみの優遇に不満を持ちつつ、勤務を続ける2人はグレーゾーン(マルチ)ビジネスを展開する企業から広報誌を作成する依頼を高額で受けるが、塩崎は日々の激務が祟り心体の不調で退職を余儀なくされる。
そんな中、安田は後輩の恋人であるミユという女性から衰退した街の再活性化を目的としたNPO法人を紹介され、安価で業務を請け負うことを懇願される。
人を騙すことで収益を得る企業と社会貢献を目指すNPO法人。2つの組織を行き来していく過程で、安田はどちらも理不尽と欲望に満ちた社会に棲む自分勝手な人間で構成されていることに気づき始めていた。本当に純粋な心を社会に向かって表現できるアーティストのミユは、彼らの利己主義によって黙殺されてようとしている。傍若無人の人々に囲まれ、自分の立ち位置を模索していている安田にクライアント先であった企業のマルチビジネスの会員となっていた塩崎から色仕掛けのような勧誘を受け、人間不信となる。

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58

 会社の帰りに、コンビニに立ち寄った。納豆巻と野菜ジュースを買い物カゴに入れる。最近は、ずっとこのメニューだ。違うものを選ぶのも面倒で、週に4日は同じものを手に取るようになっていた。

 出口の横に設置されている雑誌コーナーに立ち寄ると、芸能人や皇室のスキャンダルを売りとした週刊誌に目がいった。ラックに他の雑誌と重なって差し込まれている。タイトルのすぐ下の見出しには『下流を食い物にする裏ビジネスの正体』と記載されていた。下流。それは、ぼくらのことだろうか。あるいはもっと下の……。

  その読んだことのない雑誌に手を伸ばす。貸金、ギャンブル、風俗……そういった業界の社長と、彼らの“カモ”であるワーキングプアと呼ばれる人間の生活スタイルが比較されていた。

 目の前の快楽を提供しながら莫大な利益を得る人間と、その快楽にしゃぶり付きながら搾取されていく人間。

 記事を斜め読みしながら、キャスト・レオを思い浮かべた。経済難の人間に対して救世主のフリをしていた組織。だが、実際には弱者にしたり顔で近づき、金銭を吸い取っている組織だ。

 世の中は汚いビジネスで溢れている。善人だけの人間がいないのと同じように、どの企業もどの団体も多かれ少なかれ手を汚している。弱者を踏みにじり、隣人を裏切り、優しい人を陥れる。こういった競争のなかで、蹴り落とされた人間はどこへ行くのだろう。雑誌を手に取ったまま、しばらく考えてみた。

 帰り道、キャスト・レオの業務を頭の中で文章化してみた。会社のライターが書くような賞讃に満ちた記事ではなく、もっと批判的なものを。
 営業に来た男性社員を誘惑し、接待をしてネットワークビジネスのメンバーに加入させようとする手口。マルチとネットワークビジネスの間で危うい橋を渡る会社。書きたい項目の一つひとつを頭に浮かべる。

 アパートに帰ると、買った納豆巻きをくわえながら、パソコンで文章を入力してみた。もう深夜1時を過ぎている。明日も8時半から仕事がある。
 こうしてキーボードを叩いている間にも、貴重な睡眠時間は刻一刻と削られている。デスクトップに表示された時間を気にしながらも、文章を打ち込む手を止めなかった。目が冴えていた。それは怒りや恨みのせいか。それとも単に記事を書くことに面白さを感じたからなのか、分からない。

 窓から朝日が差し込む頃に、ようやくデスクトップから目を離すことができた。まぶたの上から眼球をマッサージし、床に寝転がる。すでに5時を迎えていた。まだ外は暗い。書き終えた記事を、仕事で使っている自分のメールボックスの中に保存させた。

 2時間の睡眠の後、シャワーを浴びて出社した。記事を会社の印刷機で出力させ、ファイルに閉じた。時間を経て改めて読んでみると、ヘタクソな文章だと思い知らされた。やはり、塩崎さんや上山といったライター職の人間の方が格段に上手い。でも、自分の書いたものに愛着があった。営業中の電車の中で何度も読み返し、ペンで修正をした。

 批判的な記事を書いている割にはキャスト・レオという会社、ネットワークビジネスという特色が表れていなかった。 なぜだろう……。もっと情報収集をして、具体性を持たせればいいのだろうか。取材が必要なのかもしれない。

 以前発行されたパンフレット。たしか、アレに勧誘を目的としたセミナーの様子が掲載されていた。カメラマンが新宿の南口にあるビルへ取材に行っていたのを思い出す。まだ、あの場所で活動をしているのだろうか。悪いイメージがつきまとう商売だけに、ちょくちょく場所を変えている可能性も考えられる。

 会社に戻ると、写真部のあるスタジオに行った。

 担当カメラマンに「『突然、担当者からセミナー会場に来てくれ。場所は以前、来てくれたカメラマンが知っている』と連絡があった」と伝えると、彼は「お気の毒に」と笑みを浮かべて、住所を書いたメモ紙をくれた。

つづく

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ほろ酔い文学

リアルだけど、どこか物語のような文章。一方で経営者を中心としたインタビュー•店舗や商品紹介の記事も生業として書いています。ライター・脚本家としての経験あります。少しでも「いいな」と思ってくださったは、お声がけいただければ幸いです。