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【小説】白い世界を見おろす深海魚 39章 (吹き溜まりと黄色いコップに注がれたコーラ)

【概要】
2000年代前半の都内での出来事。
広告代理店に勤める新卒2年目の安田は、不得意な営業で上司から叱られる毎日。一方で同期の塩崎は、ライター職として活躍している。
長時間労働・業務過多・パワハラ・一部の社員のみの優遇に不満を持ちつつ、勤務を続ける2人はグレーゾーンビジネスを展開する企業から広報誌を作成する依頼を受ける。

【前回までの話】
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39

 ミユがドアを開けると音と声が溢れた。

 一瞬、クラブのような開放的な空間が広がっていることを予想したが、違った。狭い部屋には7~8人のグループに分かれた若者達がテーブルを囲んでいる。笑い合っているテーブルもあれば、真剣な表情で広げられた方眼紙を覗いているところもあった。髭に白いものが混じっている男性もいたが、ぼくと同じくらいの年齢が大多数だった。

 ミユは、そのなかにいる数人と軽くあいさつを交わすと、設置されているカウンターへ向かった。やはりここはバーかスナックといった飲み屋だったようだ。

「何か飲む?」

「ああ……」

 周囲の人間からの熱気に圧されながら、返事をした。

 彼女はクーラーボックスに手を突っ込み、氷を黄色いプラスチックのコップに投入すると、缶コーラを注いだ。コップを受け取ると、弾けた炭酸が手にかかる。冷たさが心地よかった。

 隣のテーブルで交わされている会話に耳を傾ける。衛生管理士と経営許可書という単語が聞こえた。コップを揺らして氷を回し、コーラを飲み干す。やけに甘ったるい。

「どこかで飲食店でも開業しようとしているの?」

「まぁ、そんなもんかな」

 勢いよくコーラを飲み干しているミユの代わりに、ユウタが答えた。壁に掛かっていたパイプ椅子を持ってきて、座るようにうながす。

 テーブルにいた人達は話を中断し、顔を向けてくる。

「こんにちは~」

 そのうちの一人の女性があいさつをしてきた。ふっくらした顔の女性で人懐っこい笑顔だった。

「どうも、こんにちは」と返す。

 女性は笑顔のまま「緊張してるの~。そうだよね、ミユのことだから突然連れて来られたんでしょう。こんなところだから、驚くのも無理ないよね」と高い声を出した。

「だって、なんて言っていいか分からなかったんだもん」
 ミユは、また唇を尖らせる。

「まぁ、コイツに何もかも任せるのも心配だしな」
 ユウタが、のけぞって笑っているのを睨みつける。

「ごめんね、なんの説明もなしに。じゃあ、あたしから説明するね」
 女性はわきに置かれたボストンバッグに大きな手を突っ込む。中から、水色の名刺入れが出てきた。

「これが私たちの組織」と立ち上がって、両手で名刺を差し出す。

『特定非営利活動法人 ル・プラン 代表 金田 桃子』

 非営利団体…普段接点のない組織。とりあえず、ぼくも名刺を取り出そうとしたが、持っていないことに気づく。スーツの内ポケットに入れたままだった。

つづく

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#創作大賞2023



リアルだけど、どこか物語のような文章。一方で経営者を中心としたインタビュー•店舗や商品紹介の記事も生業として書いています。ライター・脚本家としての経験あります。少しでも「いいな」と思ってくださったは、お声がけいただければ幸いです。