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【小説】白い世界を見おろす深海魚 48章 (錆びた月 冷たい本音と赤く染まる陶酔)

【概要】
2000年代前半の都内での出来事。
広告代理店に勤める新卒2年目の安田は、不得意な営業で上司から叱られる毎日。一方で同期の塩崎はライター職として活躍していた。
長時間労働・業務過多・パワハラ・一部の社員のみの優遇に不満を持ちつつ、勤務を続ける2人はグレーゾーンビジネスを展開する企業から広報誌を作成する依頼を高額で受ける。
そんな中、安田は後輩の恋人であるミユという女性から衰退した街の再活性化を目的としたNPO法人を紹介され、安価で業務を請け負うことを懇願される。
人を騙すことで収益を得る企業と社会貢献を目指すNPO法人。2つの組織を行き来していく過程で、安田は理不尽と欲望に満ちた社会での自分の立ち位置を模索する。

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48

 古いエアコンと体温で温まった室内とは違い、外の風は冷たかった。
 鼻の奥が軋むほどに。

「どうしたんですか?」

空には錆びた鉄のような赤みを帯びている月が浮かんでいる。

「うん、ちょっとお願いがあるの」と、金田さんはポーチから取り出したタバコをくわえた。
 箱のデザインを見て、塩崎さんと同じ銘柄であることに気づく。

「一昨日、決まったことだけどね……」
 おぼつかない外灯だけの夜道に、ライターが音をたてて二、三度ぽつりと光る

「ル・プランは解散することにしたの」
 煙と共に吐き出された言葉が、一瞬理解できなかった。

「解散?」

「そう、安田くんには今になっての報告で悪いと思っている…でも、まだほとんどのメンバーには知らせていないんだ」

 アルコールと希望に酔いながらも、どこか陰を帯びた人たちの顔を思い浮かべた。

「運営費用の問題……ですか?」

 強い風が吹き、手に持ったタバコから火の粉が舞う。

そうね。それもあるわね」と短くこたえる。

「わたしね、違う場所で働くことになったの。今まで支援してくれた建設会社から『ウチで働かないか?』っていわれたから」

 もう点灯しなくなって久しい『炉夢』の看板に目を向けたまま話す。

「いろいろと提案をしていたら、そこの社長さんに気に入られてね……このまま活動するよりも、そっちの社員になった方がこの街を復興に近づけそうなのよ」

 短くなったタバコを、そばにあったアルミ製のバケツに放り込んだ。

「みんなには裏切るような形になっちゃうのは心苦しいけど、このままじゃあ続けられそうにもないしね。これはここだけの話だけど……ル・プランがあると不都合なことも出てきちゃうの。まず、なによりも目的を叶えるためにベストな選択をすることが重要だから

 言い訳のような響きを宿している。金田さんも、それに気づいたのだろうか。

「そうでしょう?」と語気を強めた。

 ぼくは素直に同意ができなかった。でも、否定もできない。
  集団で行動すること。チーム、組織とは。
 なんのためにあり、どこに向かって動けばいいのだろう。他の人達をないがしろにしてまでも、ゴールを目指すべきなのだろうか。

「どうして、今、それを俺に言うのですか?」

 金田さんは、歩み寄る。

「わたしがこれから所属する会社から、安田くんに仕事を頼みたいと思ってね。大きいところではないけど、ル・プランで提示した予算の三倍は払えると思うわ。その分、完成度の高いものを求めるけどね」

 ポケットから名刺入れを取り出した。彼女が片手で差し出してきた名刺を、ぼくは反射的に両手で受け取る。

悪い条件ではないと思うし……ねぇ?

 商談の成立を釘指すような笑顔を向けてきた。水銀灯に照らされた光沢のある名刺には、『指田建設株式会社』と書かれている。親会社の指田不動産は、ぼくの勤めている会社の創立時からの得意客だ。

「総務部のヨシオカって部長、知っているでしょう? 彼から依頼書を送付するわ」

 彼女の目に力がこもる。思わぬ受注になったな。

 今期の目標とされていた営業数値は、これで達成できた。

 でも、釈然としなかった。ル・プランのどれくらいのメンバーが解散を知っているのだろう。事務所に繋がる階段に目を向けた。

「明日の午前中にメンバー会議があるの。解散はそのときに正式に発表するわ」

 金田さんは背中を向けて階段を降りていった。丸っこい体系をキャメルのカシミヤコートが包み込んでいる。その姿に嫌悪感を抱いた。なんでだろう……。少し考えてから、その後ろ姿が副社長に似ていることに気がついた。夜空を仰ぎ、ため息をつく。月は赤黒い。

 『炉夢』の階段を降りたくなかった。ル・プランのメンバーの顔を見たくない。このまま、事務所に戻らずに帰ってしまおうかと思ったが、カバンを置きっぱなしにしてることに気づく。諦めて、再び熱気に満ちた地下へと潜る

 スピーカーからは、レゲエ・ミュージックが流れていた。赤いライトに染まった酒と汗のニオイのする空間でミユの姿を探す。彼女は身体の細い男としゃべっていた。

つづく

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ほろ酔い文学

リアルだけど、どこか物語のような文章。一方で経営者を中心としたインタビュー•店舗や商品紹介の記事も生業として書いています。ライター・脚本家としての経験あります。少しでも「いいな」と思ってくださったは、お声がけいただければ幸いです。