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(小説)白い世界を見おろす深海魚 25章(もう一人の男女)

【概要】
2000年代前半の都内での出来事。
広告代理店に勤める新卒2年目の安田は、不得意な営業で上司から叱られる毎日。一方で同期の塩崎は、ライター職として活躍している。
長時間労働・業務過多・パワハラ・一部の社員のみの優遇に不満を持ちつつ、勤務を続ける2人はグレーゾーンビジネスを展開する企業から広報誌を作成する依頼を受ける。

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25

 四人での会話は、ほとんど上山の独断場だった。
 彼の学生時代にやんちゃした思い出、欲しい車があるのだが給料が安くて買えないこと。そして「○○先輩って仕事できないっすよねー。本当ッ使えない」というグチだった。

  空気のような会話。

 キャスト・レオのメンバーと一緒に飲みにいったときも、こんな会話だったような気がする。

 バスケットボールをすることになったのは、「安田さんは運動していますか?」という問いかけからだった。
 ぼくが水泳をしていることを話すと、上山は笑った。なにが面白いのか分からないけど、バラエティー番組に出ている芸能人のように大口を開けて手を叩く。
「ダメっすよ、水泳なんて。一人でやるスポーツはなんの為にもならないっす。やっぱスポーツは、みんなでやらなくちゃ。そこから楽しさを共有したり、チームワークを学んだりするもんなんですよ」

 一人でやるスポーツはなんの為にもならない……
 ということはないと思うが、上山のいう集団でやるスポーツの利点は分かるような気がした。ぼくたちは会社という組織のなかにいる。そこで自分の役割を把握し、共に良い結果を目指していくことは、集団のスポーツと繋がる部分がある。今年の新入社員に甲子園の出場経験がある人物がいるが、彼は他の新人に比べ、自分が求められる立場というものをいち早く把握していたように思えた。先輩社員がどういった行動に出るのか素早く察知し、動く。同じ部署の人間に声を掛けて業務の進行具合を常に意識する。目上の人間が求められる人物になり、明るい性格を振りまき、人間関係を円滑に運ぶ能力に長けていた。おそらく、それは運動部の経験で学んだことなのだろう。

 でも、ぼくは集団でやるスポーツなんて面倒くさい……と、考えてしまう。一人で好きなだけ身体を動かしたいし、プライベートのときぐらいは周りの人間に気を使わずにいたい。

「そうだ。今度、バスケやりません?」

 上山は、塩崎さんとぼくを交互に目を向ける。

「バスケ?」

 ほとんど触れてこなかったスポーツの名前が出てきたので、思わず聞き返す。ぼく達がバスケをやるのか?

「そうっす。バスケットボールです。たまには、みんなで身体を動かしまくって、交流しましょうよ」

 上山は「バスケットボール」という部分だけ、流暢な英語で喋った。ぼくは塩崎さんと、先ほどからほとんど喋っていないミユという女性を見た。

 最初に返事をしたのは、塩崎さんだった。肩をすくめて「うん、いいわよ」と。

「ノリがいいっすね。楽しくなりそうですよ」

 塩崎さんは、ぼくを見つめ返事を待つ。彼女の目からは「やろうよ」という誘いが込められているような気がした。断りづらい……。

 本心とは裏腹に「あぁ、やるよ」という言葉を出していた。あまり返答に長い時間をかけると優柔不断に見られそうで(まぁ、実際は優柔不断なのだが)、焦って答えを出した。

「ヨッシャア」と上山は両手を上げて、大袈裟に喜ぶ。

「さっそく、準備しますね。場所と他に参加できそうなヤツらを探しておきますよ」とポケットから携帯電話を取り出して、いじくりだした。

 参加できそうなヤツら……って、上山の友達が来るのだろうか。多分、ぼくとは気が合わない人たちなのだろう。やっぱり断ればよかった。

 憂鬱な気分でいると、上山が携帯画面から顔を上げて「じゃあ、明日なんてどうです?」と提案してきた。

「明日ッ」

 ぼくと塩崎さんは同時に声を上げた。

「急過ぎるんじゃない?」

 塩崎さんの言葉に、上山は「約束を実行するのは早い方がいいんすよ。じゃないと、オジャンになってしまいますからね」と返した。

「明日の夕方、五時に目白駅に集合でいいですか? ちょっとボロいけど、穴場のコートがあるんすよ」

 明日も休日出勤をしなければならないが、行けない時間ではない。ぼくと塩崎さんは顔を見合わせる。彼女は諦めの笑みを浮かべていた。

「楽しみになってきたぞー」と上山は肩を動かして、早くもストレッチを始めた。

 ミユと呼ばれる女性は腕を回している上山にぶつからないように、上半身を反らしてカシスオレンジを飲んでいた。

つづく

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#創作大賞2023



リアルだけど、どこか物語のような文章。一方で経営者を中心としたインタビュー•店舗や商品紹介の記事も生業として書いています。ライター・脚本家としての経験あります。少しでも「いいな」と思ってくださったは、お声がけいただければ幸いです。