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(小説)白い世界を見おろす深海魚 11章(長い夜のはじまり)

【概要】
2000年代前半の都内での出来事。
広告代理店に勤める新卒2年目の安田は、不得意な営業で上司から叱られる毎日。一方で同期の塩崎は、ライター職として活躍している。
長時間労働・業務過多・パワハラ・一部の社員のみの優遇に不満を持ちつつ、勤務を続ける2人はグレーゾーンビジネスを展開する企業から広報誌を作成する依頼を受ける。

【前回までの話】
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「今の時代、日本人も収入の格差が広がってきています。会社員が安定した生活なんて遠い昔の幻想。企業はサラリーを出し渋る一方で、政府は税金をどんどん上げきます。消費税も10年後には20パーセントになるでしょう。国の借金が天文学的な数字ですからね。知ってますか? 今、会社員の歯の治療費の負担は三割程度で済みますが、国会では全額負担にする案が検討されているのですよ。貧乏人は歯痛さえも堪えるしかないのです。また、デフレの一方で食料や生活用品の原料は中国、インド、インドネシアといった新興国と取り合いになり、価格が高騰しているという最悪な状態になっています。不安ばかりの社会です。こういった不安を解消するにはやはり、お金しかないんです。私たちは収入源をいくつか用意し、将来のリスクを軽減する必要があるのです

 斎藤さんは、ため息をついた。
「イヤな時代ですが、これが現実です」とソファーに寄り掛かる。

「なるほど。これから先、生き残るためにもこのビジネスを推奨するわけですね」
 一通り喋り終えたのを見計らったように、塩崎さんは口を開いた。

 その後、実際に会員である彼の生活スタイルを聞いた。
 会員の誰かがキャスト・レオの製品を買えば自動的にお金が入ってくる。一般のサラリーマンのように長い時間、業務に拘束されることもないため、平日の昼間にスポーツジムに行ったり、会計士になるための社会人大学の授業に出席しているという。

 ぼくはメモを取る塩崎さんを見ながら、ずいぶん嘘くさい記事になりそうだと懸念していた。よくある週刊誌の裏表紙に掲載されている健康器具の広告のように。

 取材が済んだ後、青田さんが
「よろしければ今夜、飲みにいきませんか?」と誘ってきた。

 顧客第一主義。クライアントからの誘いは緊急の仕事が入っているとき以外は断るな、ということを社長から命じられている。しかし……ぼくは、デスクに溜まっている仕事のことを考えると素直にうなずけないでいた。

 いつもと変わらぬ仕事量。終わるのは夜中だろう。

 迷っているぼくをよそに、塩崎さんは会社の方針通り
「ぜひ、ご一緒させてください」と返事をした。

 まぁ飲みに行った後、会社に戻れば終電には、ある程度終わらせることができるな。次の日は朝早く出社すれば、徹夜をしないでなんとかこなせるかもしれない。

 体力がもつかな……
 ぼくはウンザリした気分で今夜の打ち合わせをしている三人に合わせて笑った。

つづく

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広報の仕事

リアルだけど、どこか物語のような文章。一方で経営者を中心としたインタビュー•店舗や商品紹介の記事も生業として書いています。ライター・脚本家としての経験あります。少しでも「いいな」と思ってくださったは、お声がけいただければ幸いです。