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書評

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#日記

遺書散文 - 吉本隆明『遺書』

遺書散文 - 吉本隆明『遺書』

友人に勧められ、吉本隆明の著者を手に取った。『遺書』というタイトルである。選んだ理由は、価格と、タイトルになんとなく惹かれた、ただそれだけであった。

吉本隆明は詩人、親鸞の研究などで知られる評論家でもある。本書『遺書』は” 死" を「国家」「教育」「家族」「文学」など様々な視点から捉え、彼自身の死生観を俯瞰的に語った一冊である。大変興味深かったため、軽く紹介させてほしい。

そもそも「死」には様

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社会のきまり【木村敏「異常の構造」書評】

社会のきまり【木村敏「異常の構造」書評】

戦後、日本における精神医学界の筆頭といえば、中井久夫と木村敏ではなかろうか。先日中井久夫さんが亡くなり、なんと木村敏さんがその一年前に亡くなっていたことを知った。

10年ほど前になるだろうか、はじめて読んだ統合失調症に関する学術書の著者が木村敏だった。少し昔に書かれたもので「分裂病」という言い方をしていた。

数年ぶりに木村敏を読んだ。彼の、世界を見る目がわたしは好きだ。それは精神医学にとどまら

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【ゴーゴリ「死せる魂」ちょっと書評】

【ゴーゴリ「死せる魂」ちょっと書評】

noteにいると、このような眠りなど得たことのないような、この先も得ることがないような、頭が回り、繊細で、生きづらそうな人が、たくさんいるようにみえる。だけども現実世界では一向に出会わない。一体そういうひとたちはどこで生きているのだろうか。じつに不可解である。

ゴーゴリ「死せる魂」を読んだ。訳は工藤精一郎。
小さな都市に現れた、謎の紳士チチコフ。彼は社交の場に顔を出し、あっという間に名声と人気を

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「EDENA」English Edition【Moebius書評】

「EDENA」English Edition【Moebius書評】

フランスにコミック文化があるのをご存知だろうか。

Moebius(Jean Giraud)は1938年フランス生まれの漫画家、アーティスト(2012年没)。
SF、ファンタジーをメインの作品を数多く手掛け、ホドロフスキーやルネ・ラルーとも制作を共にした。

ホドロフスキー、ルネ・ラルーと聞いて察した方も多いであろうが、かなりユニークなアーティストである。

本作「The World of Ede

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レミングを知ってるか。【Richard Matheson" Lemmings" 書評】

レミングは北極付近に生息するネズミの一種。

大量繁殖と食糧を求めての大陸移動を3~4年のサイクルで繰り返し、移動の際に大量の犠牲を伴うことから集団自殺をする生き物として知られる。

その光景は" 死の行進" と称され、1958年公開のドキュメンタリー映画(ウォルト・ディズニー) " White Wilderness(邦題: 白い荒野) " で取り上げられ世界で知られるようになった。

彼らは海辺

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ゴロヴリョフ家の人々「оспода Головлёвы」 【シチェドリン書評】

ゴロヴリョフ家の人々「оспода Головлёвы」 【シチェドリン書評】

シチェドリンは19世紀後半のロシア、つまりドストエフスキーなどと同時代の風刺作家である。

そもそもシチェドリンという作家を私は知らなかった。光文社古典新訳文庫のZOOM配信で、ロシア語訳者の高橋和之さんが話題に上げており惹かれるまま購入。

本書「ゴロヴリョフ家の人々( оспода Головлёвы)」は1875年に書かれたシチェドリン唯一の長編小説。ロシアの農奴制度の崩壊とともに没落する貴

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もはや人間でさえない【No Longer Human 「人間失格」漫画版(伊藤潤二)English Edition書評】

太宰治の「人間失格」を漫画で読んだ。

伊藤潤二の表現力がもう才能の塊すぎて言葉が出ない。

太宰の原作にはないいくつかのエピソードとオリジナルの結末。
それでもストーリーの軸と、" 人間の弱さを徹底的に追求する" という作品のコアは十分に保たれ、漫画でしか感じられない、目に見える" 悲惨さ" と" 狂気" が並外れた画力で描かれる。

すごいよ、太宰はもちろん、伊藤潤二がこんなに並外れた作家だっ

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レインとカフカとシェイクスピア【引き裂かれた自己(R.D.Laing)から見るカフカの魅力】

レインとカフカとシェイクスピア【引き裂かれた自己(R.D.Laing)から見るカフカの魅力】

レインの『狂気の現象学』の改訳版である、『引き裂かれた自己』天野衛訳を読んでいて目にとまった箇所があったので紹介させてほしい。

ロナルド・ディヴィッド・レインは20世紀イギリスの精神科医。
狂気を了解可能なものとして認識する論文を数々発表。統合失調症をメインに、" 人が狂気を作りだし、しかし人との関係が患者を治療する" いう寛解モデルを実際の臨床を通して世間に伝えた。

レインの研究はざっくり言

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津軽散文【太宰治『津軽』引用】

津軽散文【太宰治『津軽』引用】

太宰が好きだ。
彼の文章を読んでいると、その孤独と繊細さがありありと伝わってきて、くるしい。
まるでわたしじゃないか。
人を訪ねて、誰かの機嫌がわるいと、いつも自分のせいかと思う、と何度も書いている。

最近、再編された彼の私小説をいくつか連続して読んだ。
『思い出』『冨嶽百景』『帰去来』『故郷』と『津軽』

孤独な人だと思う。

幼少期の環境か、もともとの性格かは今となっては分からぬが、彼は彼と

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死刑【『監獄の誕生』ミシェル・フーコー】

死刑【『監獄の誕生』ミシェル・フーコー】

甚だおぞましい話であるが、わたしが文学に溺れたきっかけは「監獄」と「死刑」である。

10代になったばかりの頃、『アンネの日記』を読み、そのあとにフランクルの『夜と霧』、収容所の魅力に溺れ、石黒謙吾の『シベリア抑留』、ソルジェニーツィンの『収容所群島』を読んだ。

続いてユゴーの『死刑囚最後の日』ジュネの『花のノートルダム』に『薔薇の奇跡』。

ああ美しい。

 

前置きが長くなってしまったが、

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医学と居酒屋【ロルカ詩集】

医学と居酒屋【ロルカ詩集】

今学生に戻れたら、勉強したいことがたくさんある。大学にだって進学するだろう。
けれど社会人経験を積んだから、今こう思う。

人生はそのようにできているらしい。

今のポテンシャルを中学生や高校生で持っていたら、という考えそのものが幻想なのだ。

生きた時間が長くなれば好奇心の幅が広がるのは当たり前だ。

ロルカの詩集にはじめて出会ったときのことは忘れない。

店長になったばかりの頃、たった2日間だ

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抹茶ミルク【エミール・ゾラ短編「ナンタス」】

ゾラの「ナンタス」という短編が好きだ。

単純な物語。
田舎ものの男が、出世して権力を手にしていく。

美しい妻を手に入れるが、世間体のため。
互いに干渉しないことを誓い合う。

何年も、何十年も時が流れ、男は地位も金も権力も、なにもかも手にした。

はずだった。

なんて素晴らしい朝だろう。
朝の死は美しい。夜明けと死。陰と陽。

人は愚かだと思う。
自分たちの欲しいものは、良いモノと便利さだと

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現代では、いかにも起こりそうな単純な物語が最も異様な話とされている【ゴーチェ「オニュフリユス」書評】

現代では、いかにも起こりそうな単純な物語が最も異様な話とされている【ゴーチェ「オニュフリユス」書評】

19世紀フランスの作家、ゴーチェをご存知だろうか。

数年前、ネルヴァルに関する著書を、(日本語に訳されたものは)おそらく端から端まで読んだ。哀れなネルヴァルの人生には親しき、心優しい友人テオフィル・ゴーチェ(通称テオ)の存在が目立つ。

その年に、ゴーチェの『若きフランスたち』(井村実名子訳)を読んだ。いかにもフランス文学らしい、饒舌で、だけども厭らしくない、大変美しい文章を書く人だなあと思った

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