朝日 ね子

あさひ ねこ   週末エッセイスト。北海道在住。ときどき短い創作文章も。

朝日 ね子

あさひ ねこ   週末エッセイスト。北海道在住。ときどき短い創作文章も。

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記事一覧

【エッセイ】島

 どっか島にでも行きたいな、と言ったひとがいた。  そうだね、ランゲルハンス島なんてどうだろうね。  悪くないね。  わかってるんだか、わかってないんだか。

2

【エッセイ】こころがけ

 自己満足を承知のうえで、日々だれかを怒らせたり、傷つけたり、困らせたりしないように気を付けているつもりだ。  それは自分が傷つけられたくないからで、自分が困り…

5

【エッセイ】エスパー

 よく晴れていて、太陽の光を浴びたら少し気分がマシになった。  2ヶ月ぶりに髪を切った。ちゃんと自分の顔になった。  何がしたいのか、何が楽しいのかわからない。…

朝日 ね子
2週間前
6

【短編】月光症候群

 海松の茂みに身体をあずけて、ぼくははるかな水面を見上げていた。ぼくにとっての〈空〉。揺れるそれが碧く見えるのは、本物の空の色を映しているからだ。右手を空に伸べ…

朝日 ね子
3週間前
4

【エッセイ】春、眠る

 やりたいことも、やらなければならないことも横に置いて、眠ることにした。  快晴を捨てた。自由を行使した。  けだるさが頭にも身体にもまとわりつき、しかし不調とま…

朝日 ね子
4週間前
6

【エッセイ】うさぎ

 秋分を幾日か過ぎた夕方に、うさぎが現れた。  姉から写真とともに「なんかいる」と送られてきた。  最初は隣の家の馬屋のあたりをうろうろしていたが、そのあとうちの…

朝日 ね子
1か月前
10

【エッセイ】落ちてる

 前提として、歩行者のあまりいない田舎なのだ。  その田舎の町を貫くように通る国道の、センターラインのあたりに落ちていた。ピンク色の細長い風船だった。  バルーン…

朝日 ね子
1か月前
2

【エッセイ】余白

 余白が大切だと言われて久しい。(たぶん)  誰がいつから言ってるのか知らないが、たくさんの人がそのように考えているらしい。  わかるような気もするが、わからない気…

朝日 ね子
1か月前
3

【ショート】あを

 空よりも透明で海よりも深い色。  お気に入りのインクで手紙を書いた。  愛用のペン先はこの店で手に入る一番細いものだ。 「カウンターに物を広げるな。邪魔だ」  店…

朝日 ね子
1か月前
18

【エッセイ】ける

 近所のおじさんが運転する白いセダンで出かけた。助手席に私、後ろに姉と叔母さん。  数日前に多めに降った雪が残っている。アスファルト以外の地面はほとんど分厚い雪…

朝日 ね子
2か月前
3

【エッセイ】左後一白

 さこういっぱく、と読む。  馬の特徴をあらわす言葉だ。  左後ろ足だけが白い馬のことを言う。  むかし、左後一白の馬はよく走るのだと祖母が言った。ある種の迷信だ…

朝日 ね子
2か月前
5

【エッセイ】人の振り見て

 人の振り見て我が振り直せとはよく言ったものだ。  ありのままで良いなどと言いながら、一方ではより良くなれとせっつく。  さて、良いとは? 悪いとは?  その尺度…

朝日 ね子
2か月前
3

【エッセイ】矛盾

 晴れた日が続いている。  それに加えて季節外れの高温とのことで、これはもうひょっとしたらひょっとするぞ、と妙な期待をしてしまう。  つまりは、もうこのまま春にな…

朝日 ね子
2か月前
4

【エッセイ】まてい

 まてい、という言葉がある。マテーと発音する。正しい漢字の表記は知らないが、真丁くらいだろうか。  丁寧みたいな意味である。たぶん方言。  幼いころは大人や年上…

朝日 ね子
3か月前
8

【エッセイ】夜泣き

 ときどきある。  目覚めたときに、涙が流れている。まだ夜中だった。  久しぶりだ、と思いながらまばたきをしたら、両目からさらに流れ落ちた。  寝間着の袖でぬぐう…

朝日 ね子
3か月前
4

【エッセイ】一応のめでたし

 姉には「次に動画が送らさってくるときは家出猫が見つかったときだな」と言っておいたが、ニャギが行方不明になって一週間ほどが過ぎ、もう帰ってこないんじゃないかとい…

朝日 ね子
3か月前
2
【エッセイ】島

【エッセイ】島

 どっか島にでも行きたいな、と言ったひとがいた。
 そうだね、ランゲルハンス島なんてどうだろうね。
 悪くないね。
 わかってるんだか、わかってないんだか。

【エッセイ】こころがけ

【エッセイ】こころがけ

 自己満足を承知のうえで、日々だれかを怒らせたり、傷つけたり、困らせたりしないように気を付けているつもりだ。
 それは自分が傷つけられたくないからで、自分が困りたくないからで、怒りたくないからで。
 しかしときどき、思わぬところでその心がけが水泡に帰すことがある。本当は防げたのかもしれないが、起こってから気づくのだから仕方ない。口をついて出る不用意な発言、態度や仕草、タイミング。時には部外者の行動

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【エッセイ】エスパー

【エッセイ】エスパー

 よく晴れていて、太陽の光を浴びたら少し気分がマシになった。
 2ヶ月ぶりに髪を切った。ちゃんと自分の顔になった。

 何がしたいのか、何が楽しいのかわからない。何に時間を費やしたいのかわからない。
 何にも時間を費やしたくない。何もしたくない。

 だからといって、何もせずいられるわけもなし。日常を淡々と。
 淡々ってはかなげでどことなくきれいな言葉だ。漢字で書くとね。

 平坦で単調な日々には

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【短編】月光症候群

【短編】月光症候群

 海松の茂みに身体をあずけて、ぼくははるかな水面を見上げていた。ぼくにとっての〈空〉。揺れるそれが碧く見えるのは、本物の空の色を映しているからだ。右手を空に伸べると、海松の葉から細かな気泡が立ちのぼった。いくら望んでも、この手は届かない。
 小魚の群れが螺旋を描きながら水面に昇ってゆく。いっせいに向きを変えるその身体が、銀に耀いた。彼らはどこへゆくのだろう。ぼくは指の間から〈空〉を透かし見、ぼんや

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【エッセイ】春、眠る

【エッセイ】春、眠る

 やりたいことも、やらなければならないことも横に置いて、眠ることにした。
 快晴を捨てた。自由を行使した。
 けだるさが頭にも身体にもまとわりつき、しかし不調とまではいかず、相変わらず健康な休日の朝。

 たとえば日々の中で、食事、睡眠、運動のどれを最も重視するか。
 私は絶対に睡眠だ。逆に言うと、睡眠が調わないとてきめんに心身に違和感を生じる。そしてそんな違和感は、一度感じてしまうと容易に解消で

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【エッセイ】うさぎ

【エッセイ】うさぎ

 秋分を幾日か過ぎた夕方に、うさぎが現れた。
 姉から写真とともに「なんかいる」と送られてきた。
 最初は隣の家の馬屋のあたりをうろうろしていたが、そのあとうちのほうに来て、しばらく家のまわりを見てまわり、知らないうちにいなくなったそうだ。山に帰ったらしい。
 毛色は白に少し茶が混じりはじめ、まだらだった。耳は見慣れたペットのうさぎより短い。立ち歩くと、足の長さに違和感を感じるほどだ。
 動画も送

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【エッセイ】落ちてる

【エッセイ】落ちてる

 前提として、歩行者のあまりいない田舎なのだ。
 その田舎の町を貫くように通る国道の、センターラインのあたりに落ちていた。ピンク色の細長い風船だった。
 バルーンアート用のねじれた風船は、何カ所かくびれていて、少し前まで何かの形に成形されていた様子がうかがえる。

 まず、え、なに? と思った。
 近づく。良かった、生き物じゃなくてモノだ。
 もっと近づく。あ、風船じゃん。しかもバルーンアートの。

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【エッセイ】余白

【エッセイ】余白

 余白が大切だと言われて久しい。(たぶん)
 誰がいつから言ってるのか知らないが、たくさんの人がそのように考えているらしい。
 わかるような気もするが、わからない気もする。

 このほど、余白について考えてみた。改めて考え込んだわけではなく、ふいに思いついた程度ではあるが。
 余白があったらいいな、と思うこと。
 時間、空間、頭の中、目に映るもの。
 なるほど、なるほど。どこかで見聞きしたことのあ

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【ショート】あを

【ショート】あを

 空よりも透明で海よりも深い色。
 お気に入りのインクで手紙を書いた。
 愛用のペン先はこの店で手に入る一番細いものだ。
「カウンターに物を広げるな。邪魔だ」
 店主の言葉も意に介さず、少年は自分の手先に集中している。
「どうせ、他の客なんて来ないくせに。――ビンをちょうだい」
 書き終えた便箋を細く巻きながら、彼はどこまでも無邪気だ。
 店主は鳥かごや色褪せた書物や鉱石といった雑多なものが並ぶ棚

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【エッセイ】ける

【エッセイ】ける

 近所のおじさんが運転する白いセダンで出かけた。助手席に私、後ろに姉と叔母さん。
 数日前に多めに降った雪が残っている。アスファルト以外の地面はほとんど分厚い雪の下だ。天気が良くて、道路の雪はきれいに溶けていた。気温は低い。
 廃屋が雪の重みに耐えかねてつぶけている。珍しくもない風景だけど、なんとも言えない気持ちになる。

 ちょっと感傷に浸りそうになり、あわてて思考を少し巻き戻す。
 あれ、つぶ

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【エッセイ】左後一白

【エッセイ】左後一白

 さこういっぱく、と読む。
 馬の特徴をあらわす言葉だ。
 左後ろ足だけが白い馬のことを言う。

 むかし、左後一白の馬はよく走るのだと祖母が言った。ある種の迷信だとは思うが、確かに当時家にいた、かつてよい成績を残した馬は、左後一白であった。

 夕方に、祖母と馬屋の外を歩いた。
 馬が振り返る。鼻を鳴らすものもいる。
 ときどき思い出される遠い記憶。

 雪の残る放牧地で、ブカブカの馬服を着せら

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【エッセイ】人の振り見て

【エッセイ】人の振り見て

 人の振り見て我が振り直せとはよく言ったものだ。
 ありのままで良いなどと言いながら、一方ではより良くなれとせっつく。
 さて、良いとは? 悪いとは?
 その尺度も方向も個人の好みや経験のたまものであるなら、ただひとつ「お気に召すまま」というのが今の自分を納得させる言葉。

【エッセイ】矛盾

【エッセイ】矛盾

 晴れた日が続いている。
 それに加えて季節外れの高温とのことで、これはもうひょっとしたらひょっとするぞ、と妙な期待をしてしまう。
 つまりは、もうこのまま春になっちゃうんじゃない? 今期の雪は終わったんじゃない?
 わくわくと天気予報を見る。
 ……そうだよね、そんなにうまくはいかないよね。だって2月の中旬だもの。ここは冬将軍の陣地だもの。
 数日したらちゃんと、雪マーク(ときどき傘マーク)が復

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【エッセイ】まてい

【エッセイ】まてい

 まてい、という言葉がある。マテーと発音する。正しい漢字の表記は知らないが、真丁くらいだろうか。
 丁寧みたいな意味である。たぶん方言。

 幼いころは大人や年上のきょうだいと過ごしてきた。自分が一番年下だった。当然に、彼らと同じようには行動できない。
 のろのろとしているように見えただろう。トロいと言われたこともある。今思えば自分のことながら酷な言葉だが、そのときは自分が劣っていることへの罪悪感

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【エッセイ】夜泣き

【エッセイ】夜泣き

 ときどきある。
 目覚めたときに、涙が流れている。まだ夜中だった。
 久しぶりだ、と思いながらまばたきをしたら、両目からさらに流れ落ちた。
 寝間着の袖でぬぐう。夢と現実のはざまで混乱しつつ、一刻も早く再び眠りにつきたい。

 それにしても、心当たりがない。それほど追い詰められていたわけでもない。ああそうか、久しぶりに読んだ小説の、救いのない展開のせいかも。
 孤児の少女が成長していくお話。かっ

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【エッセイ】一応のめでたし

【エッセイ】一応のめでたし

 姉には「次に動画が送らさってくるときは家出猫が見つかったときだな」と言っておいたが、ニャギが行方不明になって一週間ほどが過ぎ、もう帰ってこないんじゃないかという考えがちらつき始めた。なぜか死んだ犬の夢を見た。

 それから数日して、姉から「やっとお帰りになった」と動画が届いた。ニャムニャムと声を出しながらエサを食べる猫。その頭を「もう行くなよ、行くなよ」と手荒く撫でる姉。後ろから「良かったー帰っ

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