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北海道のことば

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北海道弁や、日常のことばについて
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【エッセイ】ける

【エッセイ】ける

 近所のおじさんが運転する白いセダンで出かけた。助手席に私、後ろに姉と叔母さん。
 数日前に多めに降った雪が残っている。アスファルト以外の地面はほとんど分厚い雪の下だ。天気が良くて、道路の雪はきれいに溶けていた。気温は低い。
 廃屋が雪の重みに耐えかねてつぶけている。珍しくもない風景だけど、なんとも言えない気持ちになる。

 ちょっと感傷に浸りそうになり、あわてて思考を少し巻き戻す。
 あれ、つぶ

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【エッセイ】一応のめでたし

【エッセイ】一応のめでたし

 姉には「次に動画が送らさってくるときは家出猫が見つかったときだな」と言っておいたが、ニャギが行方不明になって一週間ほどが過ぎ、もう帰ってこないんじゃないかという考えがちらつき始めた。なぜか死んだ犬の夢を見た。

 それから数日して、姉から「やっとお帰りになった」と動画が届いた。ニャムニャムと声を出しながらエサを食べる猫。その頭を「もう行くなよ、行くなよ」と手荒く撫でる姉。後ろから「良かったー帰っ

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【エッセイ】失言

【エッセイ】失言

 失言というか、やっちまったというか。

 とにかくすっかり忘れていた。
 5分前になって、人と会う約束を思い出した。
 わたしは勢いよく席から立ち上がり
「忘れてたでや!」
 となかなかに大きな声で言ってしまった。
 視線を感じてふと我に返る。
 職場のおじさんたちが苦笑いしながらこちらを見ていた。
 やっちまった。つい、出ちまった。
 念入りにかぶったネコ(あるいはウサギ)の着ぐるみがずるりと

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【エッセイ】いずい

【エッセイ】いずい

 職場の偉いひとたちが打ち合わせをしている。腕を組んで、まじめな話をしている。
「そうすると、こうなる。それじゃあいずいべよ」
「うーん。いずいですね」
「したら、こっちのほうが良いんでないか。予算も足ささるし」
 彼らはまじめな話をしているのに、はたで聞いている私は下を向いてニヤニヤしてしまう。マスクをしていて良かった。
 方言丸出しの打ち合わせは間もなく終わった。私は結論を聞き逃した。方言が気

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【エッセイ】黒飯

【エッセイ】黒飯

 このごろめっきり黒飯を食べる機会がない。
 ときどき、たまに食べたいなあ、と思うが、あまりに長くその食べ物から離れているので存在を忘れてしまいそうだ。
 黒飯は葬儀や法事といった仏事に供される食べ物だ。もち米を炊いた白いおこわに、黒豆が混ぜ込んである。たぶん、おめでたい席の赤飯と対を成すような存在だ。たいがい木目の折詰に入っていて、上に緑の葉のバランが乗っていたりする。折り詰めには紫と白のゴムが

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【エッセイ】へくさい

【エッセイ】へくさい

 この言葉の正体を私は知らない。
 職場のおじさんたちが使っていて自然に使い方を覚えたので、自分の使い方が正しいかどうかもわからない。

姉「リップ貸して」
私「へくさいのしかないけどいい?」
秋「え、なに? 嫌なんだけど」姉は不審そうに残り少なくなったリップのにおいを嗅ぐ。

 例えば、使い込んでちびた消しゴムとか、ちょっとショボい感じのものとかを「へくさい」と言うらしい。漢字にすると多分「屁く

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【エッセイ】かなちょろ

【エッセイ】かなちょろ

 北海道には野生のトカゲはいないと思っていた。生まれてこのかた見たことがなかった。だから、関東に住んでいた短い間にアパートの駐輪場で小さな緑色のトカゲを見たときは、やっぱり内地はすごいな、と思ったものだ。
 カナチョロも、それが小さなトカゲを意味するとは知っていたが、どこかの方言だと思っていた。

 ところがこの夏、地元で初めてカナチョロを見た。これまで何度となく訪れた墓参りにて、さささ、と動くひ

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【エッセイ】どら、

【エッセイ】どら、

「どら、貸してみれ」
 なんて言うおじさん連中も、このごろは少なくなった。
 このままでも意味は通じると思うけど、標準語だと「どれ、貸してみな」ってところかな。

「けさ、ヤッと出かけるべと思ったっけ、ガラスしばれっちゃって車出せないもんだもん」
「あれだもの」

 夕暮れどき、近所のうちの洗濯物が外に干ささっていて心配になる。雪も降りだしそうだ。
 きっと忙しくて、取り込むのを忘れてるんだろう。

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【エッセイ】ぼっこの「こ」

【エッセイ】ぼっこの「こ」

 子どものころ、姉と外で遊ぶときにはたいてい「ぼっこ」を持ってあるいた。自分の背丈ほどのヨモギの茎を根元から折り、枝葉を取り除けば、長いぼっこの出来上がりである。
 ぼっこは時に剣となり、魔法の杖となり、水辺をつつく道具となった。

 学生になって方言の域を出て生活したとき、ぼっこが何か伝わらず、他にどう言い表して良いかわからずにしばらく考え、やっとわかった。
 ぼっこの標準語は棒で、ぼっこを漢字

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【エッセイ】ねこ、負傷

【エッセイ】ねこ、負傷

 朝、馬屋の廊下に毛だまりができていて、スズメかツバメがカラスにやられたのだろうと思った。
 ねこは道具を置くところの奥のほうで丸くなって寝ていた。いつもは姉や母が仕事をし始めると顔を見せにくるのに今日は全然起きる気配がない。
 しばらくしてのそのそと出てきた姿を見て、廊下の毛だまりの毛はねこのものであることがわかった。
 ねこは負傷していた。
 顔の右側が腫れ上がり、赤くなった目から目やにだか膿

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【エッセイ】ねこ模様 その3

【エッセイ】ねこ模様 その3

 靴を履いていたら、外をねこが足早に歩いていくのが見えた。
「ねこ! ねこちゃん! どこいくの!」
 大きな声で呼んではみたが、ガラス越しでは聞こえないようだ。そのうちにオンコの木の向こう側に入ってしまって、見えなくなった。
 急いで外に出て、行き先を見届ける。
「ねこちゃん!」
 呼びながら追いかけると、その先に姉がいた。しゃがみこんで草むしりをしていた。
「やっと来たのか! ずっと呼んでたのに

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【エッセイ】とねっこ

【エッセイ】とねっこ

 そこらへんでとねっこが跳ね回る季節になった。
 馬服を着ているもの、裸のもの、モクシをしているもの、していないもの。生まれたてのとねっこの、ふにゃふにゃの口元や皮膚のうすいわき腹にシワがよる。
 かわいい。どんな毛色もそれぞれにかわいい。鼻先やあごをこね回すように触る。やわらかい。やっぱりかわいい。

 とねっこ、とは馬の子っこのことである。つまり仔馬のことである。
 とねっこという言葉があまり

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【エッセイ】魅惑のCMソング

【エッセイ】魅惑のCMソング

 出てきた出てきた山親父、笹の葉かついで鮭背負って、スキーに乗った山親父、千秋庵の山親父

 ベールベルベルベル食品!

 ここはお風呂の遊園地、なんてったって宇宙一、行ってみたいなサンパレス、行ってみたいな、サンパーレスー

 ホテル、テルテル、だいへぇ~~げん

 おーはぎおにぎりお弁当にお寿司、おーこわ大福だんごにおやき、おーはぎおにぎり季節のお供にサ、ザ、エ、毎日毎日、サ、ザ、エ

 バー

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【エッセイ】太陽のちから

【エッセイ】太陽のちから

 いつも冬の入り口に立って、あと少し、あと少しと念じるように思う。暗い朝に気が滅入る。昼間でも陽は低く、帰る頃にはすっかり暗い。
 もう永遠に明るい朝日で目覚めることはないかもしれないと思いながら、あと少し、あと少しと自分に言い聞かせる。
 あと少しで、冬至がくる。
 冬至をすぎたあとも、日の出はまだ少しずつ遅くなる。しかし、「冬至を過ぎた」という事実が私に救いを与える。太陽がちからを取り戻そうと

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