悲しみの、モンブラン ~アラフィフ青春ストーリー⑪

悲しみの、モンブラン ~アラフィフ青春ストーリー⑪

今日、義母を見送りました。 家族の誰もが想定していなかった、急展開だった日曜日。 日曜日夕方には病院にいて、家族全員で看取りました。 私は、夫の両親の実家で二世帯で暮らしています。生活実態は別ですが、毎日行き来していたし、ほぼほぼ同居と同じ。 隣から賑やかな義母の笑い声が聞こえるのを、仕事で夜遅く帰宅した私はその声を聞いてホッとしていました。 何が何だか解らないまま日曜から今日まで過ぎていった気がします。 そして、アラフィフになっても知らないことがたくさんあり、いろんなこ

スキ
1
【遺族の気持ちは誰にもわからない】 グリーフサポートの大切さ
+1

【遺族の気持ちは誰にもわからない】 グリーフサポートの大切さ

人により考えが違う「家族の死」葬儀担当者(葬祭ディレクター)の仕事は「葬儀進行を滞りなく行うこと」であり、とても大事な仕事です。 一方、葬儀の現場に何度も立ち会ってきましたが、「人の死に慣れる」ことはありません。 もし、本当に慣れてしまう葬儀担当者がいるのであれば、その方は葬儀担当者にはふさわしくないのかもしれません。 当たり前ですが、同じ人が亡くなることはありえません。 そして、故人に対する気持ちも個々で異なり、故人に対し同じ感情を持つ人も当然いるとは思いますが、異

【金額が分からず困る】 寺院へのお布施について
+1

【金額が分からず困る】 寺院へのお布施について

近年の葬儀事情において、葬儀費用とともに分からないとお話を頂くのが「寺院へのお布施」についてです。 大前提として、寺院へのお布施は「お気持ちで包むもの」と言われ、定価などが存在しません。 このお布施の「金額があいまい」であることが、ご家族を悩ませる理由の一つです。 寺院との交流の変化一昔前までは、定期的に寺院と家族との繋がりがあり、月参りや法事などの際に交流がありました。 自宅に寺院にお越し頂いたり、寺院へ家族が参り、読経・供養の御礼としてお布施を包んでおりました。

白土三平 漫画家 1932.02.15-2021.10.08 日本 20211026

白土三平 漫画家 1932.02.15-2021.10.08 日本 20211026

 2021.10.08漫画家の白土三平さんがお亡くなりになっています。  紙芝居作家を経て1957年の『こがらし剣士』で漫画家デビューし、『忍者武芸帳』で人気を確立し、1964年には『月刊漫画ガロ』の創刊に加わり『カムイ伝』の連載をはじめています。  ご冥福をお祈りします。 http://www.tokyo-np.co.jp/article/138983 漫画家の白土三平さんが死去 「忍者武芸帳」「カムイ伝」:東京新聞 TOKYO Web https://www.shog

あなたは“エンバーミング(遺体保存処置)”を考えたことありますか?

あなたは“エンバーミング(遺体保存処置)”を考えたことありますか?

エンバーミングとは簡単に言うと“ご遺体に手を加えてキレイに処置すること”だ。損傷がひどい部分はそこにあった傷がまるで無かったかのような修復がなされる。またご遺体を長期保存する際にもエンバーミングは行われている。 30年生きてきて身近な人間の死と向き合う機会は何度もあった。しかしエンバーミングについて提案をされたりした機会はなかったかもしれない。 ドーランを簡単に塗ったり、血を拭きとったり、ドライアイスを入れたりの処置はあったが、それがエンバーミングかは微妙なところだ。

[修行日記③] 修行の決意

[修行日記③] 修行の決意

 震災後しばらくすると通常の学生生活に戻りました。仏教学部禅学科では主に坐禅・曹洞宗の経典について学んでいました。当然、曹洞宗寺院の息子である友人も多く、「お寺の長男」としての相談話につきあうこともありました。その中でも「本山での修行」は彼らにとって一生に一度といっていいほどの大問題です。実家のお寺を継いでいくには絶対に避けては通れない難関なのです。大問題・難関と書いてはいますが、なかなか一般の方にはご理解いただけないかと思います。これから、私の永平寺修行時代をいくつか紹介す

スキ
9
[修行日記②] 震災で訪れた転機

[修行日記②] 震災で訪れた転機

―3.11、その日  香花堂で店の手伝いをしていた時に地震がおきました。激しい揺れではありましたが店舗の商品にはほとんど被害はありませんでした。ただすぐに停電になり、電動シャッターを下ろすことができず施錠できなくなってしまい、停電が復旧するまで店舗で寝泊まりをしていました。 地震から一週間程たったころ霊柩事業者の団体から「被災地で霊柩車が必要なので協力してほしい」という内容のFAXが届き、その数日後、身の回りの物やパン・飲み物等を搬送車に積み込み、父と被災地に出発しました。

スキ
5
[修行日記①] 葬儀社を営む家族の暮らし

[修行日記①] 葬儀社を営む家族の暮らし

―幼少期のこと 小中学校まで新庄にいました。その時代は自宅やお寺で葬儀をすることが多かったので、祭壇をトラックに積んで一緒に運ぶ手伝いなどをしていました。夏休み中は新庄祭りの山車の花を作ることもありました。 ―両親の仕事を見ていて 父は葬儀全般、母は香花堂の担当でした。夜中でも早朝でも車庫のシャッターが開く音がすると「仕事に行ったんだな」というのがわかります。葬儀の連絡が入ると家族旅行を途中で切り上げて帰ることもありました。 ―学生時代のこと 東京の高校に進学し、夜は天ぷ

スキ
9
2021/10/18月〜10/24日

2021/10/18月〜10/24日

10/18月 きょうのAE は特別支援学校へ。 食欲がバカになって昼食をはしごしてしまう。そんな日が、ごくたまにある。 フェニックス・プラザの消防避難訓練。 夕方から、身体がふやけるように眠い。 *** 10/19火 ルーティーンから少し外れてみる。 *** 10/20水 8月頃コロナの状況を鑑み中止が決まったが、本来だときょうは福井市幼児演劇鑑賞教室だった。 ここ数日の状況なら出来たのではという声も聞こえてきそうだが、判断するタイミングとの時差、状況差はどうし

スキ
2
セナのCA見聞録   Vol.35     バリ島でクルー仲間とパーティーバケーション その1

セナのCA見聞録 Vol.35 バリ島でクルー仲間とパーティーバケーション その1

私は同期の久美子とインドネシアのバリ島へ飛びました。 我トレジャー航空のクルーが自主的に主催する、パーティバケーションなるものに参加するためです。 毎年、世界中の様々なリゾート地からある場所を選び、同じ航空会社の社員であれば誰でも参加可能。希望者はそこまでのフライトは各自でアレンジし、期間中は様々なイベントを一緒に楽しむ、ということが例年の行われているようなのです。 久美子と私はこのお知らせメールを読んで、「行ってみよっか?」と早速申し込みをしました。 希望者は、参加