ほたかえりな

本や映画の中の言葉。日々感じたり考えたこと。とりとめもないあれこれについて書いています。

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  • 12ヶ月の詩のつめあわせ

    一年を通し、それぞれの月にちなんだ詩や文章を集めた、季節の言葉のコレクションです。

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11月の詩

十一月、さびしい十一月、黒い十一月….... 朝がすこし許り雨戸のすきまから流れ込む、 私はお前の肩に倚りそつて私の心臓の音をきく。 お前は私の頬を愛撫しながら、 子供らしい言葉で私に話す、 つかれて、とぎれとぎれに。 冷たい雨が窓を打つ 風が戸をがたつかせる。 ── お前の幼時を思ひ出すな お前はまた泣きたくなるだらう。 20世紀初頭のパリ、詩人ギィ・シャルル・クロスは、晩秋の一場面を紙面に綴り、その詩を『十一月』と名付けました。 次第に減じる陽に代わり、容赦なく闇が濃

    • その弱さも芸のうち

      "去る者は日々に疎し"は世の真実で、いくら親しくしている相手であろうと、しばらく顔を合わせずいるうち、疎遠になるのはよくあることです。 それでも今朝、私のメールボックスには懐かしい人からのメールが届いていました。 以前もどこかに書いていますが、私は友人と共にデザインの仕事をしていた経験があり、その頃にはワーキングスペースや異業種交流会など、人と知り合う機会のある場所によく顔を出していました。 そんな場で出会うのはフリーランスや個人事業主など、皆どこか少し変わっていたり、

      • ニュースでよく見るあれに出た話

        ある漫画家さんのエッセイに、こんなお話がありました。 交際中の恋人と上手くいかず、出先のカフェで別れ話が始まった。 恋人は深く顔を俯け、その人も涙目になり、というところで隣の席から力強い宣言が聞こえてきた。 会社員らしき二人連れのうち、後輩と思しき男性が「では、わたくしは、これより用を足して参ります」と元気よくお手洗いに消え、戻るなり、今度は自分の下着の色についてはきはきと報告をし始めた。 そんな二人の隣で深刻な話をするのも馬鹿らしくなり、別れ話もうやむやに。後にその恋人と

        • お茶狂いは悪事に手を染めない

          「もしもお茶が無かったら、世界は一体どうなってしまうのだろう」 こう書いたのは、19世紀英国の作家シドニー・スミスですが、全くの同感です。 比喩表現でなく、お茶が無ければ、私は一日も生きられそうにありません。 何せ目が覚めてから眠るまで一日中お茶ばかりを飲んでいて、いったい家にどれくらいの茶葉があるか、数えてみたこともないくらいです。 せっかくの機会のため、戸棚の前に立って茶葉の缶や箱を見渡すと、その種類は2桁をたちまち突破します。 緑茶、抹茶、麦茶、ほうじ茶、玄米茶。

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        • 12ヶ月の詩のつめあわせ
          17本

        記事

          あなたの隣の魔女の話

          「アメリカには100万人を超える魔女がいる」と聞いて、ああやっぱりね、と素直に受け入れられる方は少ないでしょう。かく言う私も、まず耳を疑った一人です。 魔女。大いにそそられる響きですが、それがどのような人たちを指しているのか。 まさかこのご時世に、黒ずくめの格好で森の奥地に住み、薬草と土くれとウサギを鍋に放り込んで秘薬を作り、300歳の黒猫をお供に空を飛ぶ、といったことはないでしょう。 実際のところ現代の魔女たちはサンフランシスコの小洒落たアパートに住み、ギャップのセー

          あなたの隣の魔女の話

          そうはおっしゃいますが

          「よし、君には期待してるからね!」 「はいっ、がんばります!」 テレビから聞こえてきたドラマの会話に、疑問が頭を駆け巡ります。 今って令和だったような? それに、役柄の上とはいえ、人は期待をかけられるとそれほど嬉しく、発奮するものなのか? 答えはともかく、私にはおよそ縁のない世界であることは確かです。 これまでに一応の期待などかけてもらう機会はあったにせよ、わざわざ口に出して「あなたには期待してるんだから!」などと力強く宣言してもらったことも、その類の声掛けに「がんばりま

          そうはおっしゃいますが

          知らない間に2歳若返っていた話

          これまでにどれほど言われてきたことか、という台詞のひとつが 「あなたには常識がない」 これは、たとえばどなたかのお葬式に赤い服で参列するとか、行列の途中にいきなり割り込むといったものではなく、もっと馬鹿馬鹿しい、これといって誰かに被害が及ぶわけでもない小さな非常識の話です。 例をあげると、私は今が令和何年かを知りません。もう10月下旬なのに。 どこかで年号を見聞きして、その度に「へえ!」と思うのですが、それきりまた忘れてしまいます。 家族も含め、どんな人の誕生日も一人も

          知らない間に2歳若返っていた話

          方見月。二夜の月。

          もう一昨日のことのため、これを読んで「しまった!」となる方がおられたら申し訳ないのですが、今年の10月15日は旧暦9月13日の〈十三夜〉でした。 十五夜は中国伝来ですが、十三夜は日本独自の風習であり、その起源は平安時代に遡ります。 "醍醐天皇が月見の宴を催し、詩歌を楽しんだのが始まり"という説が有力で、平安時代後期の書物にも"十三夜に〈明月の宴〉が催された"という記述があるそうです。 十五夜にお月見をする人は多いでしょうが、この十三夜も決して忘れてはなりません。 なぜなら

          方見月。二夜の月。

          キープ・オン・ザ・サニー・サイド

          全く同じ仕事であっても、人によってその評価は真逆になることもあり……という前回の話(『犬は吠えるがキャラバンは進む』)ではありませんが、とあるコーヒー屋さんのレビュー欄に、興味深い投稿を見つけました。 そのお店は大阪府の郊外に位置し、宮大工さんの協力を得て作り上げた建物と、ガーデナーの奥様による庭も素晴らしいガーデンカフェです。 「コーヒーは果物であり薬である」と言い切る店主の淹れるコーヒーは劇的に美味であり、コーヒー好きの友人と共に、2ヶ月に一度は訪問しているでしょうか。

          キープ・オン・ザ・サニー・サイド

          犬は吠えるがキャラバンは進む

          最近、友人から聞いた意外な事実が"交際開始の記念日を月ごとに恋人と二人で祝っている"というもので、笑うやら微笑ましいやらだったのですが、気がつくと自分も同じようなことをしているため油断がなりません。 とはいえ私の場合、相手は人間ではなく動物で、それも愛犬の誕生日を毎月祝っているのです。 さしずめ、月命日ならぬ"月誕生日"とでもいったところでしょうか。試しに検索してみても、こんな用語はどこにも無かったのですが。 3ヶ月で家に来た当初はとても小さく弱々しく、無事に大きくなる

          犬は吠えるがキャラバンは進む

          好機は準備の出来た者の下にのみ舞い降りる

          「君は切ったら何色の血が出るんだい? …… 誰か、包丁を持っておいで」 ◇◇◇ 「どうしよう。もう駄目かもしれない」 いつもは気丈な友人が、珍しく気弱な声で電話をかけてきました。 ふだん強気な人だけに、いったん落ち込むとかえって暗い方へ傾いてしまうようで、何やら不穏な単語を繰り返しています。 よくよく話を聞いてみると、仕事で頼りにしている人から音信が絶えたのだといい、もう見限られてしまったのでは、と真剣に悩んでいるようでした。 いつも無理な依頼や相談ばかりしていたせい

          好機は準備の出来た者の下にのみ舞い降りる

          10月の詩

          もしも 思い出をかためて 一つの石にすることが出来るならば あの日二人で眺めた夕焼の空を 石にしてしまいたい と 女は手紙を書きました その返事に 恋人が送ってよこしたのは ガーネットの指輪でした あかい小さなガーネットの指輪を見つめていると二人はいつでも 婚約した日のことを思い出すのです 詩人、歌人、作家、戯曲家、批評家など、一色ではあらわせない多彩な仕事を手掛けた寺山修司。 その人の詩を編んだ詩集の一章〈宝石箱〉に、この「ガーネット」は並べられています。 ヨーロッ

          それぞれの匂い

          どこかの小説でもあるまいに、と思われてしまいそうですが、人には誰しもその人なりの "匂い" が存在します。 香水のように、顔を合わせて口をきく前から、その人について雄弁に語る "何か" です。 雰囲気、あるいはオーラと言い換えて良いかもしれませんが、それより色濃く、その人の全存在について裏まで語る感じ、とでも言えるでしょうか。 あの人はどこか危ない匂いがする、と感じる人に街なかで行き合うことがありますし、今度の取引先は、どうにもうさんくさい匂いがする、ということも。 嘘

          それぞれの匂い

          90秒間の完全な世界

          ちょっとこわい質問のひとつ。 「昨日のお昼、何食べた?」 たいてい私は言葉に詰まり、答えを探りながら自分の記憶力のなさに暗澹たる気持ちになります。 それでも、ごくたまに即答できることもあります。 「明日香村のお寺で精進料理をいただきました」 その日は頼まれ仕事で奈良県の山寺を訪れていて、ご住職の奥様が、腕によりをかけた料理を振る舞ってくださったのです。 その献立はといえば、旬物の芋茎の旨煮、高野豆腐の炊き合わせ、野菜の揚げ物、三度豆のチリソース和え、お香香、栗とさつま

          90秒間の完全な世界

          物語は置き薬

          「私が人生を知ったのは、人と接したからでなく、本と接したからである」 アナトール・フランスの言葉を知った時、思わず笑みが浮かびました。 なぜならフランスは、一言一句が星のような美しさをたたえた『エピクロスの園』の中で、人間はあまりに本と幻想を好み過ぎ、現実を生きていない、と苦言を呈していたからです。 それでも、私は彼の言葉を全く自分のこととしてうなずけますし、かつての自分が、まさにそうであったと言い切れます。 人付き合いの基礎を学ぶ年齢は、幼少期からおそらく十代半ばく

          物語は置き薬

          青く染まる

          フィンセント・ファン・ゴッホがパリからアルルに越した時、その目当てはポール・ゴーギャンとの共同生活の他、自らの身をある国に似た環境に置くということもありました。 それが叶った喜びを、ゴッホは弟テオ宛ての手紙に書いています。 「ここにいると、まるで日本に来たようだ!」 19世紀後半のヨーロッパ、ことに美術界を席巻したジャポニスムはゴッホの心も捉え、"陰鬱なフランス"とはかけ離れた、"光り輝く日本"への憧れを掻き立てました。 ゴッホが新天地を日本になぞらえたのは、その土地