杜江 馬龍

エッセイ・短編小説などを書いています 「もりえ ばりゅう」と読みます 北海道襟裳出…

杜江 馬龍

エッセイ・短編小説などを書いています 「もりえ ばりゅう」と読みます 北海道襟裳出身、東京都在住 2023年9月頃からnoteに投稿しています 1951年生まれ

マガジン

  • 杜江馬龍のつぶやき

    外出した折りとか、日頃感じたことや、なにかを発見した時のことを ショートショート(つぶやき)に投稿しました。 それらの記事を纏めました。

  • 連載小説 私たちは敵ではない(1話~16話)

    人間と動物(狸)の関わりを通じて、希薄になった現在の人間関係に警告を鳴らす物語です。

  • 連載小説 負けない(1話~9話)

    兄の説得で結婚した女性の内面を抉り出した作品です。

  • 連載小説 リセット(1話~12話)

    結婚生活に失敗した一人の男を中心に、失意から立ちあがる模様を描きました。

  • 連載小説 還らざるOB(1話~11話)

    ある会社の同じ部署の仲間が「仲間会」を結成し、唯我独尊の連中が、飲み会と旅行を通じて人生の深さを感じ合う連載です。

最近の記事

【連載】しぶとく生きていますか?㉖

 茂三と淑子に思いもかけない、嬉しい出来事があった。  終戦の三年後の昭和二十三年の春、一茂が生きて還ってきたのだ。  昭和二十年の五月、一茂は知覧の飛行場から飛びだった。搭乗した零式戦闘機の調子が思わしくなく、開聞岳を過ぎてから、徐々にエンジンの出力が低下した。そして沖永良部島の国頭岬の南側に墜落した。  一茂は墜落時、右足を捻挫し、顔に大きな傷を負った。その近くに一軒家があり、その家の娘の貞子が一茂を発見した。そして家まで運び看病した。  一茂は幸い命を取り留めたの

    • 【連載】しぶとく生きていますか?㉕

       その晩の午前二時頃だった。  家の外では、ゴーゴーという不気味な音がしていた。 「おい、皆起きろ! 津波の音かもしれない」と茂三が大きな声をだした。  隣の部屋で寝ていた松江夫婦にも茂三の声が聞こえたと見えて、起き出してきた。 「寝間着から着替えろ! 厚着しろ! 外は寒いぞ。貴重品と水を持ったか?」と茂三が己に確認するように話した。 「茂三さん、俺ちょっと外を見てくる」と松江が玄関をでて、真っ暗闇の中へ出て行った。そして戻ってきた松江が、 「みんな! 早く裏山に逃げるぞ。階

      • 【連載】しぶとく生きていますか?㉔

         昭和二十一年の秋のこと。  いつものように茂三は、明け方早く、家の前の海岸を海の状態を眺めながら歩いていた。  海のうねりがあり、いつもと違う。これから大嵐が来るかもしれないと、長い間の経験から感じていた。  当時のフンコツ(白浜)は電気や気象状況を伝える手段(ラジオ電波など)などが全く通じない僻地であった。  朝飯を済ませた後、昆布小屋に入って、何やら玄翁や釘を持ち出した。燃料にするマキの積んであるそばに立てかけてある平板を窓際に移動し、その平板を淑子と一緒に、窓の縁

        • 【連載】しぶとく生きていますか?㉓

           時代は、次の世と流れゆく。  川に流れの緩急があるように、様々な色彩を変えながら新時代に向かう。  昭和も二十年を通り越し、第二次世界大戦で日本が敗れ、戦争に駆り出された庶野の男連中は、戦地で死んだ人もいたが、茂三と松江はその半年後に帰還した。  二人は満州で終戦を迎え、舞鶴から電報を打って、淑子と澄子を喜ばせた。しかし、茂三の一人息子だけが還ってこなかった。  二十歳になる一茂は、昭和二十年五月、知覧の航空隊基地にいた。  一茂はそこから特攻隊員として志願して、開聞

        【連載】しぶとく生きていますか?㉖

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        • 杜江馬龍のつぶやき
          8本
        • 連載小説 私たちは敵ではない(1話~16話)
          16本
        • 連載小説 負けない(1話~9話)
          9本
        • 連載小説 リセット(1話~12話)
          12本
        • 連載小説 還らざるOB(1話~11話)
          5本
        • 連載短編小説 大衆酒場(1話~3話)
          3本

        記事

          【連載】しぶとく生きていますか?㉒

           松江純一は明治の終わりに香川県高松でうどん屋を営む家に三男坊として生まれた。  生活は裕福ではなかったが、両親は何とか学校だけは出してくれた。小さい頃からおとなしい子だった。しかし気が短く、すぐカッとなることを両親は心配した。  尋常小学校を卒業後、純一は大阪に出て、ある商家の丁稚にはいった。  躾は厳しく幾度となく逃げて帰ろうかと思った。しかし、ここで挫けてはならないと歯をくいしばり日々先輩に怒られながら過ごし、あっという間に十八になった。  年に一度香川の松山に帰った。

          【連載】しぶとく生きていますか?㉒

          【連載】しぶとく生きていますか?㉑

           松江がフンコツに来てはや一年が経とうとしていた。フンコツの人たちとも馴染み、徐々に内地の人から襟裳の人になりつつある松江だった。  そのころ、松江に嫁の話が舞い込んだ。相手は庶野の自転車屋の長女の澄子という二十二歳の乙女だ。  その話は派出所の田村が役場の人間から聞いた。初めは田村本人がまだ独身なので意気込んでいたが、当の澄子が内地から来た松江に一目惚れをしてしまったらしい。  田村がある日、茂三にその話を持ち込んだ。茂三が松江の面倒を見ていたので先ずは、茂三に話を通した

          【連載】しぶとく生きていますか?㉑

          【連載】しぶとく生きていますか?⑳

           ある夏の日の昼下がり、松江の家の前海岸に、長さ二メートルほどの木舟が打ち上げられていた。  精巧に造られている小舟であった。  腐った果物や赤飯などが舟の中に置いてあった。舟底は平らなようだ。その小舟の中央に棒が立っており、紙垂が括り付けられていた。  お供え物には、ゴメなどが食い散らかしたような跡があった。  松江はその小舟に興味をもった。信心深い松江はこの小舟を海に流すことによって海神の気を静め、海難事故の無いようこの舟にお供え物を積み海に流したのだろうと想像した。  

          【連載】しぶとく生きていますか?⑳

          【連載】しぶとく生きていますか?⑲

           ある日、松江は祈祷師を呼んだ。庶野の山田旅館の主人から紹介されたらしい。  茂三は、「そんなもの呼んでも」と批判的だった。  松江は茂三の言葉に耳を貸さないほど精神的に弱っていたのである。  祈禱師は何やらもぐもぐ口の中で言っていた。そして、 「松江さん、多分これで大丈夫だと思うけど」と確信の無い言い方で、お金だけ貰い帰っていった。 「松っちゃん、よくお前に金があったな」と茂三が松江に聞いた。 「実は、庶野の旅館の主人から、いくらか借りた」と言った。 「あのケチな山田の主

          【連載】しぶとく生きていますか?⑲

          【連載】しぶとく生きていますか?⑱

           内地から来た松江という男が庶野にやってきたのは、ほんの二カ月前のことで、庶野に一軒しかない山田旅館に投宿していた。  金が底をついたと見えて、その旅館を出ざるを得なかった。  すでに夏も終わり、秋が速足でやってくる。早晩、冷え込みは尋常ではない季節がくる。  茂三と田所は、フンコツのその平屋の空き家に松江を住まわせることにした。役場の人間は良い顔をしなかったが、持ち主も判らない家なら住まわせてもいいだろうということになった。昭和初期の日本では、全てにおいて寛容だったのであ

          【連載】しぶとく生きていますか?⑱

          【連載】しぶとく生きていますか?⑰

           派出所に戻ってきた田所巡査が、見知らぬ男を連れていた。 「あれ、茂三さん。生きてたか! よかったぁ」と顔を綻ばせて言った。 「よっ! そこに座れ」と田所が連れてきたその男を窓際の席に座らせた。  そして、 「どこに行ってた茂三さん。昨日あんたの奥さんがここにきて、あんたが居なくなったというもんだから、フンコツに行って捜したべさ」 「申し訳なかった。俺、死にかけた」 「なに? 茂三さん、もう少し詳しく聞かせてくれ」と不信の目で、茂三をみた。  茂三は、昨日の朝方の出来事を、

          【連載】しぶとく生きていますか?⑰

          【連載】しぶとく生きていますか?⑯

          「父さん!」  淑子が何気なく玄関を眺めたとき、茂三が立っているのを見つけ、驚きの声を上げた。 「さっきまで、庶野の吉田巡査さんと、あんたを必死で捜したども、見つけられなかった。どこさ行っていたのよ・・」と言って、淑子は茂三に抱きついて泣いた。 「悪かった。奇妙な世界から戻ってきた・・天国へ行ってきた」 「はあ? 天国? 死んだら行くあの天国に? こんな時にあんた冗談を言うもんでないべさ」 「そうだな、誰でも冗談にとるべな」と茂三は頭を掻いた。 「あんた、手拭いはここにある

          【連載】しぶとく生きていますか?⑯

          【連載】しぶとく生きていますか?⑮

           衣類を纏い、茂三は、来た道を歩いた。  茂三の周りには、表現できないほどの美しい花々が咲き誇っていた。  その花々を眺めていると、突然暗闇になった。そして、躰がふぁーと浮いた感じになり一瞬にして気を失った。  気が付くと、フンコツの海岸の小さな入り江の砂場に横たわっていた。潮の匂いがする。フンコツの匂いだ。深呼吸をした。茂三は、生き返ったのだった。 (俺は生き返った。無意識に泳ぎ着いたのか)その時、口が耳元まである怖ろしい老人が言ったあの言葉を思い出した。 『地球では人

          【連載】しぶとく生きていますか?⑮

          【連載】しぶとく生きていますか?⑭

           茂三はその小舟に乗った。船頭が櫂をこぐ。ギィギィと音がする。遠くを眺めると、彼岸は荒涼とした風景で、心寂しい感じがした。  真っ赤な彼岸花が一面に咲き誇っていた。  小舟を降りると、そこに老人が立っていた。口が耳元まであり、しゃべるとほとんどの歯が抜け落ちており、残っているのは二~三本のみだった。 「茂三よ、よくおいでなすった」とその老人が言った。茂三は、 「爺さんよ、俺はこれから、どこに行けばいいんだべか」と尋ねた。 「お前さんは、生前どういうことをしたか、このおいぼれ

          【連載】しぶとく生きていますか?⑭

          【連載】しぶとく生きていますか?⑬

           淑子は今朝がた昆布拾いに出かけた茂三の帰りが遅いことに、どうしたのかと首を傾げた。  一茂は、既に一里もある庶野の小学校に行ったあとだった。  淑子は家の前の砂浜、ドンドン岩を探した。トンネル(隧道)に向かうと、海岸の波打ち際には、たくさんの漂流物が打ち上げられていた。風は強く、海岸に波が打ち寄せ、時に大波がきた。  淑子は、見慣れた夫の頭に巻いていた手拭いを発見した。  夫はどこに消えたのだろうか?  一瞬不吉なことが、淑子の頭をよぎった。淑子は非常に不安になった。

          【連載】しぶとく生きていますか?⑬

          【連載】しぶとく生きていますか?⑫

           どのくらいの時間が経ったのだろうか……….。  真っ暗な空間の遥か先に、微かな光が点滅している。茂三はその方角に歩いていく。いつからこのように歩き続けているのか。  プールの中で歩いているような感覚を覚える。多少膝を上げる時に抵抗らしきものを感じる。勿論水中ではない。茂三は両手で自分の両足胸腹そして顔を触ってみた。確かに自分の体である。両手で頭を掻きむしった。そして、大声で叫んだ。 「ここはどこだ! 俺はいったいどうなってしまったのだ」  発した声が、どこへ行ったのか。

          【連載】しぶとく生きていますか?⑫

          【連載】しぶとく生きていますか?⑪

           昭和十一年の夏、茂三はそのころ、柳田國男の『野鳥雑記』を読んでいた。茂三はよく本を読む。小説からエッセイ、伝記もの、ファーブル昆虫記、シートン動物記など古今東西の書物を読む。茂三は読書によって得られたものは、貴重な財産だと思っている。  読書で得られた知識を、普段の会話でも生かされ、思考の糧となるような気がするのだ。人間と自然との共生や人間の内面の問題も本のなかの文章によってヒントを得られるような気がするのだった。自分に難しいもの、低俗なものには、あまり興味がなかった。そう

          【連載】しぶとく生きていますか?⑪