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【連載】私たちは敵ではない(15)
その別れは突然やってきた。
我が家の裏庭の狸の家では、雌の子狸がそろそろ独立する時期になっていた。親元から旅立ち、自分で餌を探し、生きていくのだ。
その年の晩秋、子狸が出立の朝が来た。
夕べは皆で送別会を盛大に催した。お袋は別れたくないと駄々を捏ねた。
子狸はお袋に「おばあさん、立派な家族を引き連れて遊びに来るからね」といって、お袋に抱きつき、肩を震わせていた。
お母さん狸は「
【連載】私たちは敵ではない(14)
お袋は朝が早いので、夜は早めに床に付く。
両瞼が閉じだしたら既にスリープモードである。
裏庭の狸御殿から狸一家が遊びに来る時刻には、すでにお袋は寝ていることが多いのだ。もっぱら狸の話し相手は私に相場が決まっている。狸と様々なことを話し合う。
例えば、生物はどうして、人間や狸や馬や牛や他の動物、また小さな虫などに差別化されてこの世に生まれてくるのかとか、同じ人間に生まれてきても裕福な家庭に
【連載】私たちは敵ではない(13)
犬を飼っているお宅のご主人は、最近、会社を定年で辞めて毎日犬を連れて散歩していた。
それも多いときで一日六回も散歩するのだ。いい加減飽きがこないものか。
昔から知っているご主人であったので、道端で会うときは、挨拶するのだが、捕まったら長い。
三十分でも一時間でも話すので、適当な区切りを見つけて切り上げないと、そのあとの私の予定が狂ってしまうのだ。
柴犬二匹と秋田犬二匹それに土佐犬二匹飼
【連載】私たちは敵ではない(9)
面接から二日後、私に連絡が入った。
面接に行った会社からだった。
来週から来てほしいとの内容だった。私は、すぐ承諾した。
勤務時間は朝の九時から夕方の五時まで、土曜と日曜と祝祭日は休みである。
次週の月曜日に自家用車で初出勤した。就業開始時間の三十分前にその会社に着いた。
営業所長と総務部長、営業部長、製造部長と部長と名のつく方々は既に出社して机に向かっていた。
私は、早速挨拶廻り
【連載】私たちは敵ではない(8)
年が明け、春風が吹く季節になったある日、
妹から連絡があった。
「兄貴にいい仕事があるらしいんだけど、どうする?」
「どういう仕事だい」
「なんでも、事務の仕事らしいよ」
「通勤時間は車で三十分足らずの所だとか」
「三十分なら丁度いいかもな」
「いいでしょう、兄貴」
「誰の紹介なの?」
「旦那が知り合いから、誰かいないかと、聞かれたらしいよ」
「う―ん?」
「急なんだけれど、明日面接に行かな
【連載】私たちは敵ではない(6)
その夜、妹から私に連絡があった。
実家での出来事を事細かに、電話で話してくれた。
私はショックを受けた。
お袋のことを、何も解っていなかった。
深い反省とともに遣り切れなさを感じた。
何とかしなければならない。
私は独身である。いままで所帯を持ちたいと思うことは、無かったと言ったら嘘になる。
それにしても、わざわざ都会にまで出て、仕事をする意味はあるのかと、ふと思った。
昔の
【連載】私たちは敵ではない(5)
・・・・朝が来た。
妹は、階下の物音で目が覚めた。横で息子はまだぐっすり寝ている。
着替えてから階下に下りた。すると、お袋が前掛けをして、朝ご飯の仕込をしていた。
「おはよう」と妹が朝の挨拶をお袋にした。お袋は、
「おはようございます」と、なぜかよそよそしい。
「お母さん、昨日兄貴から連絡を貰って、息子と二人で様子を見に来たよ。お母さん大丈夫なの」
「・・・・・・」
「あなた本当にお母さん
【連載】私たちは敵ではない(4)
妹と息子はありあわせの食材を冷蔵庫から見つけ、ご飯を炊いて食べた。
妹は旦那に今日は実家に泊まる旨連絡を入れた。旦那は明日お袋を連れて病院に行ったらどうかと提案してくれたが、明日の状態を診てから判断することにした。
遠く離れている兄に電話で助けを求め、帰ってくるなり布団を敷いて寝てしまったお袋の異常な行動に、妹もどうしたものかと悩むのであった。
その夜のこと
階下でなにやら騒がしい物