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熊雄(連載⑬)

 マスコミの取材スタッフも園の正面玄関回りでたむろしていた。
 その夜、熊雄は一睡もできなかった。
 次の日も何の手掛かりがなかった。
 熊雄の心は、徐々に追い詰められていった。
 仮に捕獲されても射殺されてしまうのではないかという不安が増すのであった。
 動物と会話ができる自分は、もう少し雄グマの気持ちに寄り添い、同苦し説得が出来なかったのかと自分を責めた。
 それから二日経った午後四時ごろ、動物園の裏手の山の茂みの中から雄グマが熊雄の前に現れたのである。
「どうした、太郎。おなかすいたか」
 雄グマの名前を太郎という。太郎は、
「腹減った、腹減った」と言うではないか。
 熊雄は、太郎を落ち着かせ、持っていた餌を与えた。
「太郎、戻ろうよ、花子が待ってる」花子は雌グマの名前である。
 太郎は、はにかみながら、熊雄の問いかけにうなずいた。
「じゃ、一緒に行こう」
 熊雄と太郎は歩きだした。既に警察やら地元の猟友会が動き廻っていた。
 マスコミ各社は、動物園の周りにうごめいている。
 熊雄と太郎が裏山から突然姿を現したものだから、熊二頭と勘違いした猟友会の一人が鉄砲を向け今にも発砲しそうな状況であった。しかしよく目を凝らすと、人間とクマだった。
 熊雄は大声で叫んだ。
「撃つな! うつな!」
 猟友会、警察は一斉に銃口を下に降ろした。とりあえず撃たれなくてよかった。
 熊雄と雄グマの太郎は、動物園の正門から入り、ヒグマの厩舎に向かった。
 皆は遠巻きに呆気にとられ、見守るばかりである。
「今までどこに行ってたのよ」
 雌グマの花子が太郎に向き直り、怒る。
「ごめんな」と太郎。
「ここにいるのが耐えきれなかった」とまた太郎。
「太郎、もう逃げないでおくれ」と花子。
 熊雄は、その会話を聞きながら、自然に泪が頬を流れた。そして、ほっとした表情を見せた。
「熊雄、悪かった」太郎が熊雄に謝った。
「つらいかもしれないけど、ここで仲良く暮らすんだぞ。不満があれば園長に話して、改善策を考えるから」と熊雄が諭した。
 

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