ピッピ

更年期障害6年目。一男一女は巣立ち、夫Pとヨーキーとの 低空飛行生活。子育てや趣味(英…

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更年期障害6年目。一男一女は巣立ち、夫Pとヨーキーとの 低空飛行生活。子育てや趣味(英語学習、ガーデニング、傾聴、韓流、相撲、ヒップホップ、不登校、パクソジュン、チョンジョンソetc.)の話。 来るものは拒まず、去るものは追わず。 人に優しく、自分にも優しく。日の暮れぬうち。

最近の記事

Happy Birthday to me♬

今日は私の誕生日。 過去イチ、夫Pが好みのものをくれた。 猛暑です。お母さんが生んでくれた時代は こんなに暑くなかったよね?🥵

    • ~不登校からトンネルを抜けるまで~

      ¥300
      • 傾聴ボラ(高齢者施設) 7.22

        暑くてしんどい日で、いっそ休もうかと思ったけど 誰かにいい変化を与えられるかもしれない、と 気合いでボランティアに行った。参加者は6名。 「あ、Sさん、こんにちは~」 「なんで名前知ってるの?」 「もう3回お会いしてまーす」(^^♪ Sさんは一番おしゃべりしてくれるけど、 新しい記憶は定着しないようだ。 憎まれ口もたたくので、 他の利用者さんもタジタジな時がある。 基本、頭のいい方だ。 今日も戦時中の話と育ってきた町の話を一通り。 私は初めて聞くフリで聴く。3回目だけど

        • 私の育ち③ ~中学校、高校、そして短大を中退するまで

          中学時代 中学生の間、ラッキーなことに呑んだくれ父は マニラに単身赴任をしました。 たまに来る手紙の返事には 「次のテストも頑張ります」みたいな勉強の話はマスト。 一応言っておいて、母は教育熱心ではないし、 私はのびのびと友達第一で楽しく過ごしました。 将来のことなど考えられず、自我も芽生えていない子供でした。 小学校まで学級委員だった私も、 実はクラスをまとめる力や発言力、発表力がないので 化けの皮がはがれ、 中2からは学級委員は免れました。 独創性がなく、言われたこと

        Happy Birthday to me♬

          言語交換アプリで英語学習

          昔から英語が好きだ。 父が通訳だったことも影響しているのか、 英語はずっと好きで細く長く続けている。 だから上達しない。(笑) 英検は準一級、TOEICは875点。ただ、話せない。 スピーキングが特に苦手だけど、まずはライティングから。 language exchage(言語交換)アプリを使って 外国人とメッセージのやり取りを始めた。 ただ、マッチングアプリはどうか知らないが、 この手のアプリはどうしても ロマンス詐欺、出会い系の人と知り合ってしまう。 向こうは日本語を

          言語交換アプリで英語学習

          更年期障害、それは自律神経失調症に近い

          7月21日の誕生花は「バラ」(黄)。花言葉は「友情」「可憐」「優美」。 ※記事には全く無関係^^; 肝心の更年期障害の記載がまだでした 私の毎日は更年期障害によって劇的に変化し、 受け入れることしか為す術がありません。 50歳の周辺で起こる自律神経失調症とも言えます。 長年、首の不調で、あらゆることを治してもらった整体の先生も、「運動神経と自律神経だけは自分の意思ではどうにもならない、もって生まれたもの」と。私は確実に自律神経が弱い。 私は30代の時も自律神経失調症

          更年期障害、それは自律神経失調症に近い

          私の育ち② ~遊びたおした小学生まで

          私の原風景、一番古い記憶はインド洋の海岸である。 素晴らしい白浜。 父の転勤でケニアに行き、いつも社宅の子供たちで 白浜を駆け回り、穴を掘ってはヤシの葉をかぶせ、 逆カマクラを作り、中に入って遊んでいた。 その頃幼稚園生の私は大勢で遊びつつも、 一人でパズルをしたり本を読むのが好きだった。 記憶にないが、英語で本を読んでいたらしい。 ところが、強烈に記憶に残るのは、 社宅で親が仲良くしていたS家の書棚にあった、 名作『愛と誠』(マンガ)を入り浸って読んでいたことだ。

          私の育ち② ~遊びたおした小学生まで

          父の波乱万丈人生

          「私の育ち①」の中で皆さまにも、 父が癖の強い人だったことが少し伝わったかと思います。 人の人生はこのページで語りつくせません。 ましてや95まで生きました。 なのでざっとお話したいと思います。 私の人間形成にも大きく関わってきます。 父は5人兄妹の長男として生まれ 大学在学中に第二次世界大戦が起こり、 優秀だった父は周囲の反対を押し切って 軍隊に志願します。 パイロットに憧れがあったとか・・ ところが陸軍の試験に落ち、 海軍兵になり過酷な訓練を受けることになります。

          父の波乱万丈人生

          傾聴ボラ(高齢者施設)やってます

          高齢者施設に傾聴ボランティアに行っている。 傾聴は前のパート先での研修で好きになり、 その後「高齢者傾聴スペシャリスト」(名称は立派)の資格を取った。 傾聴は本当に難しい。家族となるとなおさら。 元々人の話を聞くのが好きなので、 本当は根掘り葉掘り聞きたいところもあるけれど、 そこは様子を見てグッと我慢したり、まだまだ初心者。 ご本人がそこまで話したいかどうか見極めるのも経験値。 また、父が老人ホームに入居していた時、ほぼ皆さんが車いすで 会話もしていないことが気になっ

          傾聴ボラ(高齢者施設)やってます

          私の育ち① ~こんな親から生まれた

          人生はどこまで行っても育ちがある。成功も失敗も含めて。 これは、晩年の父が「生涯青春」と91歳まで分厚い洋書を ひたすら読み、グローバル社会について、英語について、飽くなき探求心を持ち、デイサービスに通いながらも生真面目に生きてくれた姿を間近で見て思うこと。95歳で霊山に旅立った。 しかし晩年になるまでの父は吞んだくれのとんでもなく迷惑な父だった。その話はまた今度。 母は自分本位の父を結婚以来ずっと支え’自分’を持つ余裕すらなかった。 学がなかったからかもしれない。 教訓め

          私の育ち① ~こんな親から生まれた

          現在の生活

          3年前に長男が一人暮らしを始めた。巣立った瞬間に夫Pは待ち望んでたかのように自分の要塞作りを始めた。リビングより大きいTV,オーディオセット、ご飯以外の時間は、快適に自分一人の時間を満喫している一人大好きP。 最近知ったのだが、大学院生だった息子はなんと中退してたそうじゃないの! 私が入院したり一番キツイ状況だったため、黙っていたとか。 今でもなんでやめたのか知りたい。 連絡はほぼ取りあわない仲です。元気かなぁ~(4月に会ったきり。連絡はPとのみ) 追って何の予兆もなく、下

          現在の生活

          自己紹介

          オンシジューム。花言葉は「一緒に踊って」。 一番好きな花です。 noteに更年期障害で苦しんでいる読者さんはどれくらい いらっしゃるでしょうか。私自身noteを三日前に知り、 年齢層がまだ読めません。 私は更年期6年目50代主婦です。 大抵の方が100kmで走行できるところを、 私はどう頑張っても30kmしか出ない 低速運転しながら進んでいます。 時に人を羨んだりしつつも 毎日小さな楽しみを見つけつつ 今日も一日を終えた、と安堵して布団に入ります。 そんな日常や、私にとっ

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