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お墓参りが森林浴に。土に還り、森になる「循環葬®︎」で“選びたいと思える”エンディングを

超高齢化社会の先にあるのは、死亡数が増加して人口減少が加速する「多死社会」だ。

厚生労働省が発表した2023年の全国の死亡者数は過去最多の157万人。年間死亡者数は今後も増加が予想されている。すでに日本は多死社会に突入しているのだ。

時代の流れを受けて、葬儀や弔いへの価値観も大きく変化している。先祖代々のお墓が重荷となって「墓じまい」をする人が増え、費用や供養の負担が少ない樹木葬や海洋散骨に注目が集まっている。

そんな過渡期の今、誰にでも訪れる死を森林保全につなげる「循環葬®︎」という新しい視点を持つサービスが誕生した。

循環葬は細かく加工した遺骨を、寺院所有の森に埋葬して土に還す葬法だ。土に還った骨は森の一部となり、自然豊かな未来に貢献する。墓標も墓石も骨壺も必要ない。いわゆる「お墓参り」は、森林浴へと姿を変える。

SIIFの連載「インパクトエコノミーの扉」第9回では、誰もが直面する「死」に対して新しい選択肢を提示するat FOREST代表の小池友紀さんに話を聞いた。

at FOREST株式会社代表取締役社長の小池友紀さん

人生の終わり方に「選択肢」は足りているか?

『「森と生きる、森に還る、森をつくる」を合言葉に、今と未来を考える死のあり方、循環葬を社会実装中。』

at FOREST代表の小池友紀さんのXプロフィールには、シンプルかつ的確な言葉で自社の理念が掲げられている。

アパレル業界を経てコピーライターとして15年間活動していた小池さんが“人生のエンディング”について考えるようになった大きなきっかけは、“葬儀パーティー”に招待されたことだった。

「30代前半の頃、お世話になっていたデザイン会社の社長さんの訃報が届きました。その方は長年ひそかに闘病されていたそうなのですが、私のもとに届いたのは葬儀の案内状ではなく、『香典もお花も不要、喪服ではなくいつも私と会うような服装で来てください』と書かれたパーティーの招待状だったんです。訪れた“パーティー”は泣き笑いがたくさん詰まった、とても素敵な時間でした」

人生のエンディングは、こんな風に自由な形にもできるんだ。私たちには選択肢が少なすぎるのかもしれない…。

悲しみとともに刻まれた新鮮な驚きと疑問は、その後の祖父母の立て続けの死、そしてコロナ禍ゆえに納骨も葬儀も出席できなかった経験によってさらに深まった。

「セレモニーがなくても祖父母への思いは私の心の中に確かに残っている。それならば儀式の意味はあるのだろうか、と考えるようになりました。さらにその後、両親のお墓の引っ越しに付き合ったのですが、自然葬と呼ばれる『樹木葬』がイメージとまったく違っていたたことに衝撃を覚えたんですね」

1本のシンボルツリーの足元には墓標のプレートが並んでいる。プレートの下にあるのは遺骨を収めた石の箱だ。墓石がプレートになり、骨壺を地下の石箱に入れただけで「自然葬」と呼べるのだろうか?

違和感を抱いた小池さんは海外の葬法を独自に調べたところ、遺体を文字通り土に還す自然葬があることを知った。

なぜ日本にはないのだろう? 日本で実現するにはどうすれば?
 
模索していく中で行き着いたのが、遺骨を土に還し、森の栄養に変えることで、死を大いなる自然のサイクルに組み込むお墓の新しいかたち、「循環葬」だった。

埋葬時には、骨を土壌と同程度のサイズに砕き、土に埋める。(at FOREST株式会社提供)

研究者と寺院を心強いパートナーに

「循環葬」のアイデアを固めていく上で、最初に懸念したのは遺骨を土に還すことが土壌に与える影響だった。

「遺骨を土に還すことに本当に問題はないのか、エビデンスが必要だとまず思いました。森に還ることが人間のエゴになっては意味がないからです。そこで土壌学を専門とする神戸大学の鈴木武志助教に相談と成分分析をお願いしたところ、『何の影響もありません。むしろ骨の成分であるリン酸カルシウムは土の栄養になるから大丈夫。僕もお墓はいらない派です』とお墨付きをいただき、安心してスタートできました」

化石が何万年も残るように、骨はそのままでは土に還りづらい。だが、骨を土壌と同程度のサイズにすることで土に還しやすくなるという。

鈴木助教に監修に入ってもらい、自然循環しやすい埋葬方法の目処は立った。難航したのは埋葬できる森林を探す段階だ。

日本の法律では民間企業1社で山に散骨するには制約が多すぎる。山を丸ごと購入することも検討したが、権利関係が複雑で頓挫する。

そこで浮かんだのが「宗教法人とタッグを組む」選択肢だった。

「一企業が単独で自然葬(埋葬)を行うのは難しい。それならば生と死に向き合ってきた長い歴史を持つ寺院と協力して行えないかと考え、徹底的なリサーチを重ねて、能勢妙見山(のせみょうけんざん)にたどり着きました」

能勢妙見山は大阪府能勢町にある日蓮宗の霊場だ。地元では「妙見さん(みょうけんさん)」と呼ばれて親しまれており、境内には一万年前から続く貴重なブナ林が今も残っている。だが、ブナ林以外の森の一部は適切な管理が追いつかず、鬱蒼とした放棄林と化していた。

それならば、自然葬(埋葬)の場として利用できないだろうかと考えたのだ。

実際の埋葬エリア(at FOREST 株式会社提供)

能勢妙見山の植田観肇副住職と初対面した日を、小池さんは「めちゃくちゃ緊張していた」と振り返る。古い歴史のある寺院だからこそ、埋葬のありようにも強いこだわりがあるかもしれないと考えていたからだ。

だが、海外で布教経験もある植田副住職から返ってきたのは、想像以上に柔軟な賛意だった。

「開口一番、『これからはそういう時代ですよね』とおっしゃるんです。仏教も今はこれだけたくさんの宗派があるけれど、根本はひとつ、とお話しくださって」

「ジェンダー、LGBTへの理解もお話の中から伝わってきて『伴侶として共に埋葬されたいと願うのは男女のご夫婦だけとも限らないですよね』というお話などもさせていただいて。本当にありがたい出会いでした」

こうしてat FORESTは、2023年夏、国内初となる人と地球にやさしい循環葬「RETURN TO NATURE」の運営をスタートさせる。

葬送業界で、カウンターでなくメインストリームを目指す

スタートアップにおいては、ニッチ市場に焦点を当てることで活路を見出すことが多い。その意味では at FORESTも例外ではない。

だが、小池さんは“すき間ビジネスで稼ぐ”のではなく「葬送業界のメインストリームを狙う」と宣言。2024年5月にはシードラウンドの資金調達を実施してサービス拡大への弾みをつけた。

通夜、告別式、火葬…とまるでベルトコンベア式に進む既存の多くの「葬儀業」のあり方を見直し、死者を見送る「葬送」の価値観を根本から問うていくために、小池さんはビジネスの力に賭ける。

「これまで多くのスタートアップが葬送業界に参入し、去っている現状はもちろん把握しています。何十年も何も変わっていない、と業界の人たちも言います。必要なのは、単なる“既存サービスへのカウンターカルチャー”ではなく、長期的に存続する新しいメインストリームだ、と思ったときに、エクイティ調達が必要だと決意しました」

注)「エクイティ調達(エクイティファイナンス)」とは、企業が新株発行を通じて事業のために資金を調達することを指す。一般的には、「借入」と比べて経営の自由度が下がる一方で早く大きな資金を集めやすいとされる。

利用者に渡す間伐材を使用した記念品とメンバーブック(at FOREST 株式会社提供)

循環葬をユニークな一時的ブームで終わらせるつもりはない。死にまつわる儀式を日常から不自然に切り離すのではなく、「今の生き方の延長線上に選ぶもの」として根本から捉え直す。

「終活という言葉もあまり好きじゃないんですよね。『子どもに迷惑をかけたくない』というネガティブな発想よりも、自分らしい選択肢を探すというポジティブな発想で、前向きな選択を後押ししたい」

価格設定も徹底的にシンプルにした。個別葬は77万円、合葬であれば48万円(いずれも生前契約)。全プランで管理費は発生しない。旧来の「家制度」の価値観にとらわれない個人間契約の埋葬サービスであるため、友人同士や同性カップルでもそれぞれに契約することで同じ森に眠ることができる。もちろん、宗教や宗派も問わない。

さらに売上の一部を森林保全団体に寄付することで、循環葬のメンバーが増えるほど豊かな森が広がる仕組みを生み出した。

Return to Natureの森は、生前から森林浴の場として利用できる。(at FOREST株式会社提供)

「清々しい時間だった」森の中で遺族がくれた言葉

事業者(at FOREST)、利用者、寺院の「三方よし」を志す循環葬には、忘れてはならないプレーヤーがいる。利用者を弔う家族や友人だ。

「最初の契約者の埋葬に立ち会った瞬間は、忘れがたいものとなった」と小池さん。

「埋葬の際には森を訪れてそこで掘り出した土をご遺骨とよく混ぜるんです。結構しっかりと混ぜるのですが、風が通って、陽の光が差し込む中でゆっくりとその作業をしている最中は、『人の命はこんな風に自然に還っていくのだな』と静かに感じられる素晴らしい時間でした」

すべての作業が終わった後、遺族の一人が呟いた言葉は「循環葬」というサービスの価値を肯定してくれた。

『清々しい時間だったね』

「ああ、こういう言葉を私は聞きたかったんだと心から思えました。亡くなられた方はもちろん、残された方々にとっても森で過ごすこの時間がケアになる。森全体がお墓になりますから、森林浴をすることがお墓参りになります。亡くなられた方も、遺された方も、ウェルネスな時間を過ごせるリトリート施設のような空間。それが私たちの目指す形です」

注)「リトリート」とは、日常を離れた場所で自分と向き合い、心身をリラックスさせるためのゆっくりとした時間を過ごすことを指す。

実際の埋葬の様子(at FOREST株式会社提供)

葬儀の隣で結婚式。海外に学び、今後を描く

国内では初めてとなる事業だからこそ、海外にも多くを学んでいる。2024年1月には自然葬先進国であるイギリスにて慈善団体「Natural Death Centre」を訪れ、さまざまな自然葬のあり方を視察した。

「リラックスしながら墓地の森を散歩している人もいれば、隣接したウッドワーク(工作)ができる施設で楽しんでいる子どもたちも見かけました。一番驚いたのは葬儀会館の隣に結婚式場があったこと。この国は死を遠ざけていないんだな、としみじみ実感しました」

同団体の代表理事との意見交換は大いに盛り上がり、帰国後は彼らが発信している“Natural Burial Grounds”のリストに、アジアで初めて循環葬が掲載された。

全国拡大を視野に入れ、多様なサービスを

順調に契約者を増やす循環葬だが、最近は関東からの問い合わせが急増し、現在、関東のパートナー寺院を探している真っ最中だ。

「私たちは賃貸契約ではなくレベニューシェア(成果報酬型契約)をお寺さんと交わしているため、契約者さまが増えるほどお寺さんの収入も比例して増えます。これまでは固定資産税がかかっていた放棄林が収益化して、お寺の関係人口も増え、かつ運営のほとんどは私たちの企業が行いますので、お寺さんにとってもメリットがあると感じていただけるはずです」

さらに、循環葬を起点に、ここから新たなサービスも続々と送り出していく予定だ。9月には「自宅でできるお葬式」をコンセプトとしたライフスタイル葬をリリース。間伐材を使った、祭壇を兼ねた棺による葬儀を提供することで、森林保全とCO2削減に貢献する。

「一代、一企業で終わらせるのではなく、ここから全国にサービスを拡大させていきたい。森林へのポジティブな影響がいかほどか、インパクトレポート作成にも着手していく予定です」

覆い隠され、時に過度に効率化されてきた葬送業界に新たなメインストリームを。「土に還る」という言葉に本来の意味を取り戻させ、さらに新たな価値を付加していくat FORESTの挑戦は続く。


SIIFの編集後記 (インパクト・カタリスト 古市奏文)

〜「at FOREST」が開く、インパクトエコノミーの扉とは?〜

at FORESTの事業を通じて強く印象的に感じたことは、循環葬(葬儀やお墓のあり方)を通じてわたしたちにとっての「日常」と「非日常」の間のある関係性に変化を生んでいることです。今回はその観点から、昨今話題のフェーズフリーというあり方について考えてみたいと思います。

フェーズフリーとは例えば普段は移動に利用している電気自動車が、自然災害時には車ではなく、非常用の蓄電池や発電機として活用できるなど、一つの商品やサービスが「日常時」や「非常時」という社会状況(フェーズ)から自由(フリー)になり、様々な局面で活用できるような多面的なデザインのあり方を意味します。

直接的には防災などの領域などで生まれた概念であり、現在も身のまわりにあるモノやサービスが、日常活用を超えて、災害時にも役立つようにデザインしようという考え方になりますが、at FORESTのように、これからのサステナブルな時代に多面的なビジネスや顧客価値の提供を行う企業や事業には重要になるコンセプトだと思います。少し拡大解釈しつつ、考えてみましょう。(注1)

まず、最大のフェーズフリーは故人のお墓(お墓参りも含めて)という究極的に特別・非日常ともいえる人生の瞬間や局面を、森林浴や瞑想などの自然公園的な新しい活用方法を通じて、残された人・弔う側である家族にとっての日常やウェルビーイングな体験と結びつけようとすることにあります。

一例ですが、お墓と聞いて、これまでは「近寄りがたい」、もっと言えば「暗い・怖い」などの印象を持つ人も多いのではないでしょうか?これは葬儀や弔いに付随して我々が無意識のうちに規定していたものであり、お墓の「非日常性」をよく表していると思います。循環葬には、そういった精神的なフェーズをポジティブで越えて、お墓をもっと身近でポジティブなものに変えていくポテンシャルを感じます。そういった新しい提案なのだと思います。

(もちろん亡くなったその瞬間や特別な時には、悲しむことや故人を懐かしむことも重要なわけであり、今のお墓も多くの人にとって大切な存在なのには変わりません。他方、その後も長く故人と向き合っていく中ではこのような新しい捉え方が積極的にあってもいい気がします。故人からしても自分が眠る場所に、ごく自然と遺族が元気に繰り返し訪れてくれるというのは、仰々しい立派なお墓を立てるよりも嬉しいことも多いかもしれません)

また、循環葬によりそのままでは手つかずのまま荒廃するであろう森林に手が入り、防災や森林保全など、中長期的にみて自然や環境に対してポジティブな変化が現れるところなどは、文字通りのフェーズフリー性と言えるのではないでしょうか。森が循環葬という形で自然の形を保ちながら、人々の「日常」とよりつながることで、もしものときの安全となり、社会のリスクが低減します。

特に注目なのは、循環葬はフェーズフリーであることで、「日常時」「非常時」における価値をそれぞれで補強し合っているところにあるところです。(お墓としてのあり方が森を豊かで神聖な場所に変え、森が豊かで神聖な場所になることで、そこにあるお墓はさらに特別なものとしての意味を強めていく)

at FORESTの循環葬の「循環」という言葉には、そういう側面もあるのでは、となんとなく思えてきます。

(注1)フェーズフリーついての詳しい説明や定義等は一般社団法人フェーズフリー協会により、そのコンセプトがまとめられているので、そちらをご覧ください。また、同団体にはその商品やサービスが日常時も非常時も価値を持つことを認証するPF(フェーズフリー)認証というものがありますが、今回のat FORESTの循環葬がPF認証を取得しているわけではなく、あくまでもSIIF独自の解釈によるものです。なお、同団体代表理事の佐藤氏の著書『フェーズフリー「日常」を超えた価値を創るデザイン』(翔泳社)によると、例えば「Zoom」なども認証は取得しているわけではないものの、フェーズフリー性が高いプロダクトとして例に挙げられています。

◆連載「インパクトエコノミーの扉」はこちらから。

【取材・執筆:阿部花恵/編集:湯気/デザイン:赤井田紗希】

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