見出し画像

【エッセイ】かなちょろ

 北海道には野生のトカゲはいないと思っていた。生まれてこのかた見たことがなかった。だから、関東に住んでいた短い間にアパートの駐輪場で小さな緑色のトカゲを見たときは、やっぱり内地はすごいな、と思ったものだ。
 カナチョロも、それが小さなトカゲを意味するとは知っていたが、どこかの方言だと思っていた。

 ところがこの夏、地元で初めてカナチョロを見た。これまで何度となく訪れた墓参りにて、さささ、と動くひょろ長いものがいた。小さな茶色いトカゲだった。
 カナチョロだ、と姉や子どもらが追いかける。どのようにしたものか、手のひらの上に捕まえて写真を撮った。カナチョロは放たれたあと、すぐにどこかに去った。
 ペットのトカゲを誰かが墓地に放し、局地的に繁殖しているのではあるまいか、とちょっと不安になる。

 秋の彼岸の墓参りでも、姉はカナチョロいないかな、と辺りを見回す。
 少し離れたお墓に来ていた親子連れがカナチョロだ、と言っているのが聞こえた。ああやっぱりいるんだ、と思ったが、見せてもらいに行くのは恥ずかしいので、その家族の様子を気にしながらお参りを終える。どうやらその家族もカナチョロを捕まえたようで、楽しそうに何やら話している。
 お供え物を片付けていると、目の端に何かが動くのが映った。
 カナチョロだ、いたよほら、カナチョロ。
 トノサマバッタを見に行っていた姉に教える。その間も、見失わないようにカナチョロからは目を離せない。地面と同じような色味の上に素早く動くので、すぐにどこにいるかわからなくなってしまうのだ。
 カナチョロはさささ、さささ、と少しずつ動く。進む、止まる、進む、姉のスニーカーに突き当たる、止まる、向きを変えて進む。
 今回は捕まえられなかったが、姉はカメラを可能な限り近づけて写真を撮った。身体に対して、しっぽの長いこと。そのうちに、隣のお墓の基礎に沿っていなくなった。
 車に乗って帰る。窓を開けて地面を見ていた姉がまたカナチョロを見つけたというので、車を停めてあげる。わざわざ車を降りて見に行き、ひー、しっぽがない! と言った。
 そしてすぐ、私の方に顔を向けたすきに見失ったと車に戻ってきた。
 トカゲって本当にしっぽ切るんだね。命の危険に遭ったのかね。やっぱりカナチョロって北海道にもいるんだね。

 のちほど調べると、あのトカゲはちゃんと北海道にも生息していて、カナヘビとかいう種類であるらしい。カナチョロは北海道の方言とのこと。知らなかった。
 ところでカナチョロの写真を拡大して確認していた姉が、胴体としっぽの色が違うことに気づいた。色の境目がはっきりわかる。
 こいつもしっぽ切ってるな。
 興味深そうに写真をさらに拡大する。
 トカゲってやつはけっこう頻繁にしっぽを切るらしい。見た目はかわいいけど、ちょっと怖い。お盆に捕まえたとき、手のひらの上にしっぽだけが残る事態にならなくて本当に良かったな、と今になって思う。

 ところでお盆に私のくるぶしを刺した蜂の巣は、すでに空き家になっていてカラカラに乾いていた。母がホウキで払うと、供物台の下のすき間からそれこそくるぶしほどの小さな蜂の巣と、おおきなカタツムリの殻が転げ出てきた。

より素敵な文章となるよう、これからも長く書いていきたいです。ぜひサポートをお願いいたします。