武内和人|戦争から人と社会を考える
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ベトナム戦争で米軍が冒した犯罪を暴き出す『動くものはすべて殺せ』(2013)の紹介
2013年、ベトナム戦争でアメリカ軍の戦争犯罪に関する包括的な調査の結果をまとめた著作『動くものはすべて殺せ』が刊行されました。著者のニック・タースはコロンビア大学で博士論文を執筆する過程でこのテーマに取り組み、1968年のソンミ村虐殺事件の後で設置されたベトナム戦争犯罪作業部会の報告書を足掛かりに関係者への面接調査を進めています。
ベトナム戦争犯罪作業部会は国防総省が内密に設置したワーキング・
第二次世界大戦で経済学者クズネッツはどのように米国の産業動員に関わったのか?
1941年に第二次世界大戦に参戦したアメリカ政府は、ドイツ、日本、イタリアに対抗するため、自国の国防予算を拡大し、民間部門から軍事部門に生産力を再配置する産業動員(industrial mobilization)を行おうとしました。しかし、産業動員の実現可能性を評価する方法についてはまだ確立できていませんでした。
経済学者であり、統計学者でもあったサイモン・クズネッツは今日でも経済学の歴史で国民
ハイブリッド戦争とは何だったのか?:Conflict in the 21st century(2007)
アメリカ海兵隊の退役軍人フランク・ホフマンは、2006年のヒズボラとイスラエルの戦争の分析を通じて、正規戦争と非正規戦争の特徴が入り混じった戦争をハイブリッド戦争(hybrid war)と呼びました。ハイブリッド戦争という概念は、2014年にロシアがウクライナのクリミア半島を軍事占領したときに、これをハイブリッド戦争としてフレーミングしたことによって、多くの研究者に知られるようになりました。しかし
もっとみる文献紹介 なぜヒトラーは情報戦に敗れたのか:Hitler's Spies(1978)
2024年1月、軍事情報の歴史を専門とする歴史学者デイヴィッド・カーンが亡くなりました。彼の主著である『暗号戦争(The Code Breakers)』(初版1967年、邦訳1968年;1978年)は軍事暗号史の古典であり、1996年には新たな章が追加された改訂版も出版されています。カーンが特に関心を寄せていたテーマは第二次世界大戦の軍事情報史であり、『ヒトラーのスパイ:第二次世界大戦におけるドイ
もっとみる第一次世界大戦の経験をもとに機動戦の可能性を追求したフラーの考察
20世紀のイギリスの軍人ジョン・フレデリック・チャールズ・フラーは、第一次世界大戦に参加した経験を踏まえ、それまでの軍事思想を見直し、より流血が少ない戦争のあり方を模索した人物でした。戦争は破壊と殺戮とほとんど同じものとして考えられる傾向にありますが、フラーはそのような先入観に反対し、戦争を遂行する上で破壊と殺戮が必須のものではなく、将来的にはより犠牲が少ない方法で戦争目的を達成できることが重要だ
もっとみる文献紹介 戦間期のドイツ軍は教育訓練をいかに改革したか?:The Path to Blitzkrieg(1999)の紹介
ドイツ軍は第一次世界大戦が終結してから第二次世界大戦が始まるまでの間に、さまざまな改革に取り組みました。ロバート・シティーノ(Robert Citino)の『電撃戦への道のり:1920年から1939年までのドイツ陸軍におけるドクトリンと訓練(The Path to Blitzkrieg: Doctrine and Training in the German Army, 1920-1939)』(1
もっとみる多額の費用がかかる軍隊の工廠システムは現代に必要とされているのか?
軍隊は武器などの需要を満たすために外部の事業者に頼るのではなく、独自の工廠(arsenal)を発達させてきました。工廠は軍隊が管理する多目的工場であり、消耗性の物品を製造するだけでなく、主要装備の研究開発も行ってきました。戦時へ移行すると工廠は産業動員の中心となり、民間企業に対して軍需品の製造法を指導する役割も担ってきました。
しかし、工廠という生産システムは冷戦以降縮小される傾向にあります。例
ポスト冷戦の「第四世代戦争論」は現代戦にどのような視座を与えたのか
アメリカの軍事著述家ウィリアム・リンド(William Lind)は戦争様相の変遷に独自の時代区分を与え、今日の戦争様相の特徴を捉える解釈を打ち出したことで知られています。軍事学の世界でこの解釈はさまざまな論争を引き起こしたのですが、それは現代戦の特徴を捉えるための視点を用意したといえます。
議論の発端となったのは1989年、アメリカ海兵隊の『マリン・コー・ガゼット』で掲載された「変化する戦争の
翻訳資料 シェリング「ベルリン危機における核戦略」(1961)
軍事学では政治的目的を達成する方法の一つとして、核による脅しや使用に関する核戦略の研究が行われてきました。この研究分野は1960年代に飛躍的に発展を遂げることになり、危機管理の研究にも繋がるのですが、そのような研究が促された時代背景として、1961年に第二次ベルリン危機が起きたことが関係しています。翻訳資料の内容を説明する前に、この危機について簡単に説明しておきます。
第二次世界大戦終結後、ドイ
戦間期の米軍はいかに「作戦」の視点を確立したのか:Carrying the War to the Enemy(2011)の紹介
現在の軍事理論では、軍隊の戦略行動と戦術行動を統合し、指導する技術を作戦術(operational art)と概念化し、その基本原則や戦闘・後方支援の関係、統合運用などを検討しています。軍事思想の歴史においては、作戦術は第一次世界大戦の経験からソ連で発達したものと考えられており、アメリカに持ち込まれたのは冷戦の後期になってからであると解釈されることがあります。
しかし、Mathenyはその定説に
論文紹介 中国が台湾に仕掛ける認知戦はどのようなものか?
認知戦(cognitive warfare)とは標的とする聴衆となる個人や集団の認知を操作し、その思考や行動を制御することを目的とする活動です。今日の国際環境で注目を集めている概念の一つであり、中国やロシアがメディアを通じて、組織的な認知戦を遂行していると考えられています。認知戦はハイブリッド戦(hybrid warfare)の中心的な要素でもあるため、これを分析することは安全保障研究において重要
もっとみる論文紹介 軍事作戦において指揮官が認識すべき情報の意義と限界
マイケル・ハンデル(Michael I. Handel)は軍事学の分野で情報戦に関する業績を数多く残した研究者です。彼の重要な業績の一つに「情報と軍事作戦(Intelligence and Military Operations)」があり、作戦を遂行する上で指揮官が情報の意義を理解すると同時に、限界も認識し、適切に運用することを意識しなければならないと主張しています。正しい情報があったとしても、指
もっとみるどうすれば戦禍で犠牲となった文民の数を推計することができるのか
戦争の歴史で文民が軍人から区別され、法的保護の対象と位置付けられるようになったのは比較的最近のことです。初めて戦争における文民の地位を定義したのは1949年のジュネーヴ諸条約の一つを構成する文民保護条約であり、これには占領地で敵国の権力下にある文民、空爆など住民全体に対する攻撃に晒される文民、そして内戦の下にある文民を保護すべき対象として規定されています。それまでの法規制では、軍隊の関係者だけが保
もっとみる論文紹介 冷戦終結が世界的な内戦の増加の原因だったわけではない
1991年にソビエト連邦が崩壊し、冷戦構造がなくなったことによって、世界では途上国を中心に内戦が増加したといわれることがあります。また、その原因については、途上国の民族的、宗教的な対立が激化したことが取り上げられることがありますが、このような見方の妥当性については複数の研究者から疑問視されてきました。
FearonとLaitin(2003)の論文もそのような疑問を投げかけた研究の一つでした。ポス
論文紹介 中国の圧力に立ち向かうフィリピンの国家戦略はどのようなものか?
南シナ海において中国が領域支配の現状変更を試みていることに危機感を覚えている国の一つにフィリピンがあります。フィリピンは2010年代以降、中国の脅威を認識し、対内的安全保障から対外的安全保障へと国防の重点を移行させてきました。現在、フィリピンは軍事力に基づくバランシングによって中国の圧力に対抗しようと試みていますが、今回はそのことを取り上げた論文を紹介したいと思います。
De Castro, R