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論文紹介 冷戦終結が世界的な内戦の増加の原因だったわけではない

1991年にソビエト連邦が崩壊し、冷戦構造がなくなったことによって、世界では途上国を中心に内戦が増加したといわれることがあります。また、その原因については、途上国の民族的、宗教的な対立が激化したことが取り上げられることがありますが、このような見方の妥当性については複数の研究者から疑問視されてきました。

FearonとLaitin(2003)の論文もそのような疑問を投げかけた研究の一つでした。ポスト冷戦の国際システムが構造的に変化したことで世界的に武力紛争が増加したのではなく、長期間の武力紛争が累積されてきた帰結であると主張しています。また武力紛争を引き起こしている原因についても、民族的、宗教的な対立によるものではないという見方を裏付ける分析結果が示されています。より重要なのは、冷戦期に独立した多数の国家の支配体制が政治的に脆弱であり、反乱を効果的に抑圧できなかったことだと指摘しています。

Fearon, J. D., & Laitin, D. D. (2003). Ethnicity, insurgency, and civil war. American political science review, 97(1), 75-90. https://doi.org/10.1017/S0003055403000534

FearonとLaitinは、1990年代に世界各地で観察された内戦の多くは、国際システムの転換によるものと見なすべきではなく、独立から間もない国家の内部で反乱を誘発する脆弱な支配体制が残っているためだと主張しています。民の所得が低く、多数の貧困層が存在している場合、反乱軍はそこから優秀な人材を安価に調達し、政府軍に対抗できる武装組織を拡充することができるようになります。さらに、著者らが行った分析では、その国内の民族的、宗教的な多様性が高いことは、内戦のリスクを拡大することを説明しませんでした。

著者らは国民一人当たりの所得水準が仮に一定であった場合、民族的、宗教的に多様な国家でどれほど内戦が勃発することになるのかを計量的に推計しています。推計の結果、民族的、宗教的な構成の多様さは内戦のリスクとごく弱い関連しかないことが確かめられました。これに対して一人当たりの所得水準は、はるかに内戦のリスクと強い関連があることが確認されました。一人当たりの所得が1,000ドル増加すると、その年に内戦が発生する確率は35%も減少します。興味深いのは、民主主義を支える政治制度が採用されていたとしても、内戦の発生確率を必ずしも減らすわけではないことも指摘されていることです。むしろ、政府が外国からの援助を受け取ることの方が内戦の発生確率を減少させることと関連があります。これは脆弱国家が自力で国内の治安を維持することが難しいことを示唆しています。

第二次世界大戦終結後に世界では脱植民地化の潮流の下で多数の国家が誕生しましたが、それら国家の支配体制の脆弱性は小規模な反乱さえも鎮圧することができないほどでした。東南アジア諸国やラテンアメリカ諸国では共産主義の武装組織が活動し、アフガニスタン、アルジェリア、インドの北部カシミールではイスラーム過激派が活動しました。アフリカではルワンダ、ブルンジ、スーダン、エチオピアなどで武装組織が出現しています。著者らは、これらの武装組織が時として極めて小規模であることを指摘しています。それにもかかわらず政府軍に対して長期にわたって武装抵抗を続けることができるのは、政府軍の方に反乱を鎮圧する能力が十分ないことを示しています。

これ以外にも、政府軍の接近を阻むような地理的環境がある国家や、石油のような天然資源を入手できる地域がある国家でも内戦のリスクは高いという分析結果を示しています。これらの傾向について著者らは、反乱軍が政府軍の接近を阻止し、継続的に領域支配を確立できると見込めるような場合や、油田を軍事的に占領することで安定的な財源を確保できると見込める場合においては、政府軍が反乱を抑止するハードルが上がると考察しています。特に国土面積に占める山地の割合が大きい国家では、政府軍が部隊を移動させることが難しくなります。これは離島を多く抱えている場合にも当てはまると著者らは指摘しています。

この論文で著者らはいくつかの学説を批判していますが、批判している研究の一つにサミュエル・ハンチントンの「文明の衝突」論があります。ハンチントンの見解によれば、冷戦終結後の世界では各国の国民の間でイデオロギーの重要性が低下し、民族的、宗教的アイデンティティーが重視されるようになるため、民族的、宗教的な対立が増加し、それが内戦増加の原因にもなると主張していましたが、著者らの計量的分析はそのような見方が妥当ではないことを示しました。内戦の原因を説明する上で、経済的な要素を重視する必要があるという立場を裏付ける議論です。

この論文は、その後さまざまな内戦の研究で参照され、大きな影響力を持つようになったのですが、最近の研究の動向として、著者らが批判を加えた民族的、宗教的な要素には、やはり内戦の発生と重要な関係があることが指摘されています。Wimmer、Cederman、Min(2009)は、世界中の国々で民族ごとに政治に参画できる度合いの変化を捉えたEthnic Power Relationsという独自のデータセットを構築しており、排除される人口が増加するごとに内戦の確率が増大していく傾向にあることを実証しています。

こうした最近の研究でFearonとLaitinの分析がすべて無意味になるというわけではなく、脆弱国家において反乱を抑止する能力が低い傾向にあることは今後の研究でも重視されるべきだと思いますが、ハンチントンが指摘した民族政治の影響についてはより慎重に評価する必要があるでしょう。経済的な誘因だけでなく、民族的、宗教的アイデンティティーも武装勢力が人員を動員する手段として活用することを軽視すべきではないでしょう。

参考文献

Wimmer, A., Cederman, L. E., & Min, B. (2009). Ethnic politics and armed conflict: A configurational analysis of a new global data set. American Sociological Review, 74(2), 316-337. https://doi.org/10.1177/000312240907400208

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