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論文紹介 なぜ国家が国民を強く抑圧するほど、反乱軍に有利になるのか?

国内で武装集団が組織され、反乱を起こしたのであれば、国家は断固とした手段でその脅威に対処することを余儀なくされるでしょう。しかし、このときに国家が講じた強硬な手段が、かえって反乱の勢いを増すことになりかねないことも指摘されています。

例えば、ブラジルの共産主義者カルロス・マリゲーラは、市街地を拠点に置く都市ゲリラの部隊運用において、警察や軍隊が積極的に武器を使用するように誘導することの重要性を説いており、弾圧が強まるほど、政府に対する国民の支持を低下させる効果があると予想しています。これは理にかなった戦略だといえるのでしょうか。

このような主張を直接的に裏付ける証拠を集めることは困難ですが、アメリカの政治学者ブルース・ブエノ・デ・メスキータが行った理論的分析は、マリゲーラの戦い方が状況によっては有効な場合があり得ることを示しています。ブエノ・デ・メスキータが着目しているのは、住民が反乱に参加する動機づけが強化される可能性があることです。ちなみに、この論文の中ではテロリストという用語が使われていますが、この記事ではより中立的な意味で反徒という用語を使います。

Bueno de Mesquita, B. (2005). The quality of terror. American journal of political science, 49(3), 515-530. https://doi.org/10.1111/j.1540-5907.2005.00139.x

ブエノ・デ・メスキータは反乱が過酷で困難な仕事であり、それを組織的に遂行するためには優れた人材を多数採用しなければならないことに注目しました。実際、世界各国で政府と争っている武装集団の構成員の多くは、その国の平均より経済的に恵まれた環境で生まれ育ち、教育水準が高い人々であることが分かっています。このことは、反乱組織の採用基準が一般的に想定されているより高いことを裏付けています。

つまり、反乱を成功させるには、優秀な人材を集めることが重要です。反乱は労働集約性が高く、多くの人員を必要としているため、人材の質に関する要求水準が高いことは、反乱を理解する上で重要な特徴です。ブエノ・デ・メスキータは、優秀な人材に反乱へ参加するように促す方法として、イデオロギーと経済的誘因の二つがあると想定し、政府の抑圧が強化された場合に、これら二つがどのような影響を受けるのかを分析しました。ブエノ・デ・メスキータが作った数理モデルでは、政府、反徒、そして反乱の理念に共鳴し、志願する可能性があるシンパサイザーの3個の行為主体が置かれています。

政府は治安を維持するために反徒を取り締まり、暴力的活動を抑え込む抑圧を試みますが、その具体的な手段は反乱団体の資金調達の妨害から、反徒が存在する地域への爆撃、夜間外出禁止令などの行動制限、さらに国境の封鎖などさまざまです。一般的に反徒の行動を強く制限するほど効果が出やすいものの、それは社会活動を制限し、生産的活動を縮小させ、インフラを破壊し、無関係な人々を巻き添えにして殺傷する可能性もあります。このような抑圧を強化すると、国内で多くのシンパサイザーが発生すると考えられます。反徒は、シンパサイザーの中で優秀な人材を見つけ出し、政府の抑圧で奪われた自由や尊厳、権利の回復を目指す活動に参加するというイデオロギー的な報酬を提示し、組織のために働くことを提案します。また、金銭的な報酬も提示することで、人材の定着を図ります。これによって、反徒は政府に対して効果的な攻撃を加えることが可能となります。

ブエノ・デ・メスキータの分析で明らかにされているのは、政府の抑圧が強硬になるほど、反徒が提示するイデオロギー的な報酬と金銭的な報酬の価値が高まりやすいということです。彼のモデルでは、反徒の暴力的活動それ自体が社会と経済に与える影響をモデル化していないので、その点では一面的な部分もありますが、もし政府が国内で国民に対する抑圧を強めるようになれば、シンパサイザーは政府に対する不満を高め、反徒が掲げるイデオロギーに魅力を感じやすくなること、同時に抑圧で経済的な雇用機会が縮小すると、反徒にならずに就職を目指しても期待される収入がわずかしかなく、反徒に参加することを思いとどまりにくくなることは、経験的にも妥当性のある前提です。

ブエノ・デ・メスキータのモデルから導き出されるのは、政府の抑圧が強化された場合、反徒が政府に対する攻撃を成功させる確率は低下するものの、それは短期的に見込める利益にすぎないということです。つまり、短期的に考えれば、政府は取り締まりを最大限に強化した方が反徒に対抗することができますが、長期的な観点で見れば、政府は反徒がシンパサイザーからより多くの人員を獲得できるように助けることになりかねません。したがって、政府は反徒の暴力的活動の水準を最小化するために、抑圧が社会や経済に与える影響を最小限にとどめることを絶えず考慮に入れなければならないのです。一時的に反徒の活動を抑え込むことができたとしても、より優秀な人材が加入した反徒が政府に対して巻き返しを図る恐れがあります。

ブエノ・デ・メスキータは自らのモデルを裏付ける興味深い事例として、パレスチナの労働市場に関する研究成果を紹介しています。それによると、1981年から1985年にかけてパレスチナで暮らす男性の失業率は跳ね上がり、社会階層によっては3倍から5倍にもなったことがありました。この時期にパレスチナの教育水準は向上しており、以前より優秀な能力を持つにもかかわらず、失業状態になる労働者が多数発生したのです。1987年にパレスチナではイスラエルの軍事占領に対する蜂起(第一次インティファーダ)が発生しました。イスラエルは即座にこの動きを抑圧しようとしましたが、次第に反徒の戦術は複雑化し、イスラエル軍の兵士に火器を使用した攻撃を行うなど、その勢力を拡大させています。

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