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論文紹介 武力紛争の被害を受けた人々の社会行動は長期的に変化している

最近の政治学では、現地調査、面接調査、野外実験の手法を駆使して武力紛争の実態を解明しようとする研究が増える傾向にあります。私が特に興味深い研究成果だと思っているのは、武力紛争が発生した地域で人々が利他的に振舞う傾向が強まるという知見です。

Voors, M., Nillesen, E., Verwimp, P., Bulte, E., Lensink, R., van
Soest, D. (2012) Does conflict affect preferences? Results from field experiments in Burundi. The American Economic Review 102(2): 941–964. DOI: 10.1257/aer.102.2.941.

これはブルンジで武力紛争の影響に晒された人々がどのように社会行動を変化させるのかを調査、分析した研究です。ブルンジは東アフリカの内陸国であり、タンザニア、ルワンダ、コンゴ民主共和国と国境を接しています。1962年に独立を果たして以来、国内では多数派民族のフツ族と少数派民族のツチ族が政治的に対立してきました。

1993年10月にフツ族の社会主義政党であるブルンジ民主戦線の支持を受けてブルンジ大統領に当選したメルシオル・ンダダイエが暗殺された事件がきっかけとなり、ツチ族の政府軍とフツ族の反乱軍が組織され、大規模な内戦に突入していきました。

大規模な戦闘は首都のブジュンブラをめぐる攻防戦として展開されていますが、首都から離れた地方にも影響は及びました。戦災に見舞われた人々の世帯構成、社会階層、教育水準、収入水準はばらばらであり、無差別的に暴力が行使されていたことが分かっています。

例えば、政府軍が地域住民の中で反乱軍に内通する者が出ることを防ぐため、集団的に強制収容所に隔離し、服従しない市民を組織的に殺害した人権団体によって報告されています。反乱軍も同様に住民に対する組織的な暴力を行使した記録が残されています。1996年から2001年にかけて全国の地域社会が壊滅的な打撃を受けており、内戦の犠牲者のほとんどが非戦闘員で占められていました。

著者らは、このような歴史的背景を持つブルンジに入り、2009年3月から4月にかけて無作為に選抜した35か所のコミュニティから300名の実験参加者を募り、野外実験を実施しています。対象となった35か所のコミュニティのうち24か所のコミュニティが1993年から2003年までの間に暴力の被害を受けており、残りの11か所のコミュニティは被害を免れていました。

この実験で著者らが注目しているのは、武力紛争の影響を強く受けているかどうかであり、これを測定するために世帯を構成する家族が死亡しているか、戦時下で略奪を受けているか、強制労働に従事させられたか、拷問を経験したかなどの質問項目を組み合わせ、世帯単位で戦災の被害状況を表す指数を作成しました。

著者らは、この指数が大きい人であればあるほど、自己利益を犠牲にしてでも他者を援助し、他者と協力しようとする傾向が強いだけでなく、積極的にリスクを取り、より大きな利益を得ようとすることを報告しています。

一般的に、内戦は社会の安定や経済の成長に悪影響をもたらすと考えられていますが、著者らの研究成果は戦災を通じて育まれた社会関係が長期にわたって持続し、人々の行動を長期的に変容させ、戦後の復興を促進する可能性があることを示しています。

ただ、リスクを取り、より大きな利益を得ようとする傾向が強まることで、個人の経済行動においても貯蓄より消費を選択しやすくなることも考慮しなければなりません。著者らはその経済的影響がどのようなものになるのか最終的な判断を下すことを避けていますが、投資の水準を低下させる可能性が示唆されています。

戦災を経験した人々が利他的な社会行動を強化していることに関しては、別の研究報告とも整合的なのですが、まだその知識を体系化するには研究が必要です。例えば、戦災で被害を受けたときに人々が居住するコミュニティが民族的な一体性を保持できていなかった場合、人々が社会的信頼を低下させ、利己的に振舞おうとする傾向があったことも報告されています。このような事象も考慮に入れた上で、どのようにすれば体系的な説明が可能になるのか慎重に理論を構築しなければならないでしょう。

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