マガジンのカバー画像

お気に入りnote

177
なんとなくいいな、の世界
運営しているクリエイター

#小説

短編小説 | バースデーバルーン | 創作大賞2024

短編小説 | バースデーバルーン | 創作大賞2024

 妹の頭が徐々に大きくなっていく。病気じゃない。
 わかっているんだ。家族の誰もが。だけど何も言えやしない。
 傷ついても、恥ずかしくても、怒っても、どうしたって、妹の頭は大きくなって、その成長を止めることは出来ない。

 (一)

 妹は僕の八つ下で、ぼくにとっては目に入れても痛くない存在だった。だけど、そんな例えですら口にするのも憚られるくらい、妹の頭は大きくなっていた。
その始まりはた

もっとみる
掌編小説 | 銀ノ月 |#君に届かない

掌編小説 | 銀ノ月 |#君に届かない

 せっかくの月夜にあなたは来てしまった。女はそう思った。

 ひとり静かに湯に浸かり、ガラス窓越しに月を見ていた。それはそれは怪しい月だ。銀色の月。
 そこに男の気配がある。女に近づいている。
 バスルームのドアを開け、男が顔をのぞかせた。ついで男はゆっくりと歩き始める。すると女は僅かに落ち着きをなくした。しかし、実際はそれを少しも感じさせることなく、歩み寄る男を不敵な笑みで迎えたのだ。

「今夜

もっとみる
掌編小説 | 儀礼

掌編小説 | 儀礼

※暴力的な表現を含みます。

 平日の昼間だ。早朝から江の島観光をした帰り、新宿までの普通電車の車内は空いていた。座席のシート一列を二、三人で分け合い、それぞれが他人の空間に立ち入らない配慮をして座っている。

 わたしには晶の右側を半歩下がって歩く癖がある。彼の前に立とうと思ったことはない。それはわたしが彼と保つ、絶妙な角度と距離であって、彼の方でもおそらくそう感じている。そのことについて二人で

もっとみる
【小説】映るすべてのもの #13

【小説】映るすべてのもの #13

 大人から見れば高校2年生とはきっとたのしい時期に映るだろう。
中学生のような子ども扱いもされず、だけどまだ子どもでもある時期。
来年になればおいたてられて進路をきめなければいけなくなる。
 その進路も中学生の高校進学という選択ではなくおおきく人生に影響する選択をいきなりせまられる。

 あこがれの職業があったり、家によっては目指す道はもうきまってる子もいるだろうが大抵は「なんとなく」という子も多

もっとみる
小説家になる夢はアダルトビデオを観て諦めた

小説家になる夢はアダルトビデオを観て諦めた

 十年経っても忘れられない思い出がある。それは私が中学生か、高校生の頃だっただろうか。夏の夜、友人数人とアダルトビデオを見る機会があった。
 経験のない私達は練習の一環としてその儀式(?)を行い、来るべき日のために知識を共有、ひいては自身に落とし込む必要があった。今考えれば正気の沙汰ではないし、勿論大人数でする必要はない。一人でやればいい。ただ、当時の私達はそう考えるには些か若く、視野が狭かった。

もっとみる
【小説】蝶に宿りて

【小説】蝶に宿りて

 愛とは、見捨てないことだと、誰かが言ったそうです。けれど、見捨てるべき人を見捨てられない場合は、愛と呼べるのでしょうか。
 結局、私は何度裏切られようとも、母を見捨てられませんでした。

 六年ぶりの再会は、歌舞伎町で働いていた頃です。
 桜が咲き始めた三月の夜、どこで噂を嗅ぎつけたのか、母は客として現れました。金回りの良さそうな身なりで、目立つ黄色いジャケットを着ていましたが、瞬時に誰か分から

もっとみる
短編小説/濡れ鼠

短編小説/濡れ鼠

 南口のバスターミナルで、名古屋行きの夜行バスを待っている。不運なことに傘はない。急に降り出した大粒の雨を五分ほど浴びた後、びしょ濡れの体でバスに乗り込んだ。
「寒いですね」
 と隣の席の女性に声をかけられる。雨で濡れた髪をタオルで拭きながら、「雨が降るとは思いませんでした」とため息と共にその人はいう。
「そうですね、予報では晴れだったと思います」
 そう言って、僕も長く息を吐く。
「実は今日、彼

もっとみる
太陽が消えた街。

太陽が消えた街。

笑い方?
忘れた。
怒り方?
忘れた。
泣き方?
忘れたよ。

人って売れるんだって。
親父は泣きながら、得体の知れない男達にあたしを引き渡した。
泣いてた顔は途端に姿を変えて、得体の知れない男達のボスであろう人物の機嫌取りに媚びた笑いを繰り返す。

あたしはあの顔が世界で1番嫌いだ。

抵抗はしなかった。
親父と暮らしてても、最低な生き方
してたから。
特に変わりない生き方を、親父の
いない場所

もっとみる
恋文の呪い | 小説

恋文の呪い | 小説

 今日はありがとう。楽しかったです。
 書いているのは前日だけど、楽しかったに決まっているので。貴重な休日を私にくれてありがとう。
 いまね、大学のカフェでこの手紙を書いているの。あと少しで卒業かと思うと、時の流れの速さにびっくりしてしまいます。あなたと出会ってからもうすぐ4年。あっという間でしたね。
 あなたがこれを読んでいるということは、もう会わないと私から伝えることができたのでしょう。そのつ

もっとみる
【ショートショート】 僕たちは売れない靴だった

【ショートショート】 僕たちは売れない靴だった

コトさんは、かつて靴でした。
今は駅のそばの路地裏で、小さな靴屋を営んでいます。

コトさんが靴だった頃、隣にはトコさんがいました。対になったスニーカーの、コトさんは右で、トコさんは左でした。
靴たちは、気に入られれば買われてゆき、履かれたりあまり履かれなかったり、人間次第の運命です。箱から出されるのは数回きり、という靴もあれば、毎日のように空を見上げる靴もありました。
あまり外へ出られない靴は暗

もっとみる
短編小説:夜を歩く

短編小説:夜を歩く

一、23時

 寝返りをうつのはこれで何度目だろうか。形の合わない箇所にむりやりパズルのピースをはめ込んでいるような気分だった。
「寝れねえ」
 俺は誰に言うでもなくそうつぶやいた。しかし狭い部屋で独りそんなことをぼやいてみても余計に目が冷めていくだけだというのは嫌というほど分かっていた。ただそのことをはっきりと確認したかっただけなのかもしれない。つまりある種の諦めだ。
 目を開けて上半身を起こし

もっとみる
短編小説 | Message~私はあなたを許す~

短編小説 | Message~私はあなたを許す~

どこかの、やさしい、だれかは
わかっているよ。

あなたが、こどもをあいせなくて
くるしんだこと。
そのことを、だれにも、うちあけられずに
くるしんだこと。

こどもから、にげるように
トイレにこもったこと。
SNSにいぞんして、げんじつから
にげていたこと。

ゆうがた、なきさけぶ、こどものこえに
みみをふさいで、ないたこと。

こどもの、ねがおに
なきながらあやまった、ひび。

どこかの、だれ

もっとみる
金髪な心意気

金髪な心意気

 私は公園のベンチに座って煙草を吸っていた。頭を逸らして、天に向かって煙を吐く。
 明香、これからどうするつもり? 煙草なんか吸って。だから、あんたは……。
「だから、あんたは……」
 朝、親が呑み込んだ言葉を、煙の向こうの青空からするすると引き寄せた。
「……ダメなんだ」
 二か月前に離婚して、実家に戻ってきた。離婚のゴタゴタで精神的にぼろぼろで、希望も自信もなくなった。仕事を見つける気力もなく

もっとみる
短編小説 | 海鳥

短編小説 | 海鳥

例えばそれは、三番目に好きな人と、大して盛り上がらないデートをしてしまった日の帰り道のような。そんなもやもやを抱えたまま、私は船に乗っていた。

何もかもが灰色に見える、寂しい港を出発した時には、私の他に乗客はいないと思っていた。デッキを少しだけ歩き、細い入口を通って、むっとする空気が漂う船内に入ると、そこには何組か乗客がいることに気がついた。
私は進行方向を向いて座れる席の、できるだけ近くに人が

もっとみる