旅田百子

一文を大切にしていたいです。海、東京、真夜中、写真、音楽、桃の匂い、冬と8月、昔の少女…

旅田百子

一文を大切にしていたいです。海、東京、真夜中、写真、音楽、桃の匂い、冬と8月、昔の少女漫画、旅、雪と三日月が好きです。左利き。最も好きな作家は又吉直樹です。

最近の記事

【ショートショート】 僕たちは売れない靴だった

 コトさんは、かつて靴でした。  今は、駅のそばの路地裏で、小さな靴屋を営んでいます。  コトさんが靴だった頃、隣にはトコさんがいました。対になったスニーカーの、コトさんは右で、トコさんは左でした。  靴たちは、気に入られれば買われてゆき、履かれたり、あまり履かれなかったり、人間次第の運命です。  あまり外へ出られない靴は、暗闇で過ごすかわりに、人間並みの寿命を全うできましたし、頻繁に履かれる靴は、あらゆる場所へ行けるかわりに、短い生涯をおくることがほとんどでした。  コ

    • 【散文詩】 煌々とあの夜の公園

      外へ出ると昼の暑さが嘘のように和らいでいて、この夏のはじまりだった。信号待ちの大通りで右を向く。夏の午後七時だけの空色。涼しい風が吹いた。前を見ると信号が青に変わっている。渡りきる前に点滅して、少し走る。暗くなるときは一瞬。音楽を聴く。同じ曲ばかり聴いている。そのうちに宵。書けるようになりたくてダサいくらい必死だった。歩いて知る。いつの間にかなくなってしまう店が多いのに、シルエットはあまり変わらない街並み。控えめに積まれたゴミ袋を烏が突いた跡。人が「つ」を描くようにして路上に

      • 百年前の句の中に

        尾崎放哉は苦しんで、全部を投げ打って、良い句を作っている、百子ちゃんと似た生き方をしていると、友人が嬉しいことを言ってくれたので、今読んでいる。 百年前の句の中に、今を生きる人と何も変わらない感覚と孤独が存在していた。馴染み深く、ありふれていない。 百年前の町並みをスマホでのぞけば、月のように遠く感じられるけれど、情景や生物を見つめるその心情は、なんて近いのだろう。 私の目に映るものは、なぜか泣けてくるものばかりだ。 みんないつか死んでしまうし、自分自身がそう。そんなこと

        • 【#創作大賞感想】 いつかおとなになるこどもへ

          おとなって、とても寂しい。 こどもの頃よりも不器用になることがあるし、何かを守ろうとすると、知らず知らず傷だらけになっていたりする。 「タクトト」は、詩と日記を織り交ぜたエッセイであり、「とと」から「たくっち」への手紙である。 そのときは、きっとそうするしかなかったことが、千切れそうな感情で綴られている。 痛みながら進むしかなかった、悲しさ、悔しさを、ちゃんの自分の心と体で引き受けた、その姿勢と眼差しが残されている。 「タクトト」は、悲しい。 だけど、悲しみで終わってはいな

        【ショートショート】 僕たちは売れない靴だった

        マガジン

        • 自選集
          10本
        • noteで、
          6本

        記事

          【短歌】 真夜中の日々に

          想像で嘲笑する他人の中にほんとの私は潜んでいない “見つけた”と感じた。あれは夏だった。 悔しい日々をわらえたんだよ。 午前2時 月が沈んでゆきました 水平線に 夕陽のように 少しだけ浮いた真夜中の月日も、 君といたからお腹が空いた。 嘘のない時間だったよ 本当は泣いてた 勇気を茶化してごめん

          【短歌】 真夜中の日々に

          【詩】 あたらしい夜

          言葉に囲まれて生きている。 どこを切り取っても言葉が在る。 言葉はいつも、誰かに何かを伝えようとする。 できるだけいい言葉がよくて、焦りながら探している、ずっと。 本を読んでも写真を眺めても、音楽を聴いても自然を感じても、ありふれた言葉しか出せない。 捻り出すようにしてやっと書けている。 ときどき、宇宙の底に立っている気分になる。 人気のない路上で、ぜんぜん特別じゃない夜空を、ただ見上げているとき。 そうすることで、今ここにいると実感する。 見えないものは、馬鹿にされるか美

          【詩】 あたらしい夜

          「     」「    」

          〈今日の夕日をあげる。写真だとわかりづらいけど、なかなか見られないくらい大きいから!〉 うーん、撮り直してもやっぱり微妙になる。今見ている夕日をまま、写真に残せればいいのに。そんな残念な気持ちになりながらも、送信。きっと一瞬の眩さだから、少し先にある歩道橋を目指す。歩道橋の上で夕日を眺めながら音楽を聴けたら最高だ。何を聴こう。 交差点に近いビルの下で、勢いよく曲がってきた自転車を避けた。信号が青に変わると、大人も子供も、下や前を向いて歩き出す。オレンジに近いクリーム色が街を染

          「     」「    」

          【短歌】 忘れもの

          夕暮れの終わりの音を聴いている等間隔の街灯の蜘蛛 キャンディーの甘い香りが浮かんでたユニットバスの湯舟の波間 花柄の変色語る壁紙に染みた煙草も誰かの歴史 懐かしいビタミンカラーの炭酸に思い出だけが溶けない明日 「なくさないように」と繋ぐ手のひらを監視カメラが記憶する恋 自販機の照らす範囲に踏み込んで静寂も鳴くことを知る真夜中

          【短歌】 忘れもの

          【詩】 不器用

          誰かの心の底にある、きらっとひかるものを見つけると泣けてしまう。 ちょうど、そんな気持ちでした。 心はすぐに混線します。 けれど根本的にシンプルです。 ひと言でまとめるなら、愛の話です。 あまり長い話になると、読み飽きられてしまうでしょうか。 ぎゅっと短くしてみようかな。 これではなにも伝わりませんか? でも、伝わってもらえますか? この日本語はおかしいでしょうか。 言葉を使い間違えると、なぜ駄目なのでしょう。 馬鹿だと思われるだけなら、私は気にしません。 ここにあるもの

          【詩】 不器用

          【短歌】 ラブソング

          夢で見た知らない街の戦争で目覚めた朝にホッとしている エッセイが読めなくなった 世界から悲しみだけが届いてしまう 読みかけの本の隙間に落ちていた髪の毛だって僕の分身 時間より真っ直ぐ届くものがある 「ラブソング聴く?」 救われている 空を見ることが好きで、いつも空を見上げている。 そのまま思いっきり息を吸いこむと、なんていうか、細胞が総入れ替えをおこして体内が澄むみたいな、そんな感覚に一瞬なる。 幸せな気持ちで今日を生きている。 私が私の世界で生きているように、誰かに

          【短歌】 ラブソング

          夢、夢だからハイウェイ

          神保町が好きだ。小説が最も身近に感じられる、出版社と古書店の街。なんとなく日陰っぽくて、昼間でも路地が静かな街。働いていた街。下町人情が現存する街。とにかく本と出会える街。 夢のことを書こうと思って、見出し画像は書店にしようと「神保町」で検索したら、うどんが出てきた。これを見た瞬間に「丸香」だと分かって、自分が誇らしい。 澄んだ出汁のいりこの味がよみがえる。 麺の食感とか……食感とか。 店員さんが注文を聞きに来る直前まで、冷やかけのことを考えていたのに「釜玉の並、お願いします

          夢、夢だからハイウェイ

          【短歌】 三日月に誘われて

          三日月の下のコンビニ入ったら違う世界だったらどうする? 「さみしい」と声に出したら猫が来て一緒に路地を歩いてくれた 「絆」って実態がなくて気が重い……でも左は「糸」だし軽いか 諦めるたびに大人になるようで体の一部が反対します 三日月の下のコンビニを出たから魔法が解けた カエルが鳴いた 目が悪いことで遠くの民家の灯りがみんな星に見えます 君からの〈おやすみなさい〉が嬉しくて 耳に音楽が鳴っている夜 この街の不自由さを忘れるほどの日々にいた君の街の三日月 【あとが

          【短歌】 三日月に誘われて

          【ショートショート】 僕たちは売れない靴だった

          コトさんは、かつて靴でした。 今は駅のそばの路地裏で、小さな靴屋を営んでいます。 コトさんが靴だった頃、隣にはトコさんがいました。対になったスニーカーの、コトさんは右で、トコさんは左でした。 靴たちは、気に入られれば買われてゆき、履かれたりあまり履かれなかったり、人間次第の運命です。箱から出されるのは数回きり、という靴もあれば、毎日のように空を見上げる靴もありました。 あまり外へ出られない靴は暗闇の中で過ごすかわりに、人間並みの寿命を全うできましたし、頻繁に選ばれる靴はあら

          【ショートショート】 僕たちは売れない靴だった

          冷蔵庫より愛を込めて

          うるみは最近、帰りが遅い。 そのことについて、のぼるは不満に思っている。そして、のぼるが不満に思っているということを、うるみはひしひしと感じている。 しかし、仕方がない。 子離れをしてもらう必要があるのだからと気合いを入れ、うるみはリビングのドアを開けた。 「遅かったじゃないか」 『おかえり』って言われなくなったなと、うるみはこんなとき、真っ先に思う。胸がちくりと痛むけれど、「ただいま」と返事をする。 「夕飯は?」 「食べたけど、なんか食べようかな」 「太るぞ」 「うるみ、代

          冷蔵庫より愛を込めて

          忘れたって、残るよ

          「又吉直樹みたいになれるよ」は最大級の褒め言葉のつもりだったけれど、又吉直樹のファンでもなく、小説を書いているわけでもなく、性別だって異なる君には全く沁みなかったみたいで、「なれんよ。けどありがとう」と笑っていた。 人に期待しないことも、自分に期待しないことも、できる人には簡単だろうし、できない人には難しいだろう。人に期待する人は傷つくし、自分に期待する人は落ち込む。 又吉直樹は自分に期待しないらしかった。何かにそう書いてあったか、何かでそう話していた。 私はうっかり自分に

          忘れたって、残るよ

          昨日の星と夢の中

          誰かに理解されたいけれど、全員に理解されるのはシャク。 それって、みんなもそうなのかな。 光、音、文芸、美術、創造する惑星。 冬。寒さには弱いけれど好きな季節。 さむ、と思いながら顔を上げて、白い息が出るかどうかを確かめるそのときの、小さな期待感がよくて。白い息を見ると、生きている、という感じがする。 夕暮れの時間に、砂浜から続く階段を上がって、2階のカフェに来た。さむ、と思いながらアイスティーを注文する。いつもと同じジュースじゃなくて、今日はアイスティーを頼んだ自分に、

          昨日の星と夢の中