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【散文詩】 煌々とあの夜の公園



外へ出ると昼の暑さが嘘のように和らいでいて、この夏のはじまりだった。信号待ちの大通りで右を向く。夏の午後七時だけの空色。涼しい風が吹いた。前を見ると信号が青に変わっている。渡りきる前に点滅して、少し走る。暗くなるときは一瞬。音楽を聴く。同じ曲ばかり聴いている。そのうちに宵。書けるようになりたくてダサいくらい必死だった。歩いて知る。いつの間にかなくなってしまう店が多いのに、シルエットはあまり変わらない街並み。控えめに積まれたゴミ袋を烏が突いた跡。人が「つ」を描くようにして路上に散乱したそれを避ける。少し前を歩く人たち、柔らかな口調で会話を続けながら器用に大きな文字を描いた。食べることに罪悪感がわく。烏が悪かったことは一度もない。俯いていることに気がついて、顔を上げると黒い世界にいた。あの頃と同じ帰り道。マンションまで真っ直ぐに続いている。あのマンション、今も変わらずに建っているだろうか。『なににでもなれるよ』と過去の自分が無邪気に笑う。背中を押す。どうしてこんな気持ちになるのか。真夜中はいつも優しかった。寄り道をする公園の片隅には、漫才の練習をするコンビが夜な夜ないて、気がつくと来なくなっていた。低い遊具にいつもおとなが座っていて、たまに滑る。他人の顔を見ることを避けがちだったせいで、膝を中心に人間を認識したあの頃。膝たちは曲がりながら点々といた。そんな夜の公園が好きだった。躊躇わず進んで、タイムリープ。歩きまわる。ビルに囲まれて静か。ブランコを囲む低い柵に座って木々を見渡した。ただひとつの小説だけを待っている。2024年の夏のはじめに。



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