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【小説】白い世界を見おろす深海魚 38章 (廃忘の街角に集うカラス)

【概要】
2000年代前半の都内での出来事。
広告代理店に勤める新卒2年目の安田は、不得意な営業で上司から叱られる毎日。一方で同期の塩崎は、ライター職として活躍している。
長時間労働・業務過多・パワハラ・一部の社員のみの優遇に不満を持ちつつ、勤務を続ける2人はグレーゾーンビジネスを展開する企業から広報誌を作成する依頼を受ける。

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38

 団地を抜けると広い通りへ出た。スーパーマーケットと自転車で賑わっていた駅前とは違って、そこは閑散としていた。両脇に並ぶ店舗のほとんどは、深い眠りについたように静かだった。ほとんどのシャッターはスプレーの殴り書きで汚されている。

週末なのに、そこは薄暗く、人の声は聞こえない。

 代わりに、元は飲み屋だったと思われる店舗から垂れ下がったブルーシートが音をたてて風に揺れていた。冷たく、湿っぽい空気が身体にまとわりついてきて、立つことでさえ負担になっていく。道端に黒い影があった。よく見ると巨大なカラスが数匹、誰かが捨てていった菓子パンの袋に群がっている。発狂した人間のような鳴き声を、色あせた交通安全ポスターに向かって吐き出す。

 どうしてこんなところに……。

 何も説明しようとしないミユに腹が立ちはじめた。ユウタの言う通り、筋が通っていないことばかりだ。前夜に来いと言われて、来てみれば決して楽しいとはいえない場所にばかり連れて行かされる。

 ぼくだって、ダンマリを続けているミユに付き合っていられるほど、ヒマな人間じゃない。腕時計を見る。4時28分。4時30分までに、ここに連れて来たわけを話そうとしなければ、帰ろう。それでミユが怒ろうが、ぼくが損をしようが、どうでもいいことだ。

 前を歩く無防備な背中に苛立ちを込めた視線を突き刺す。

「寂しい場所でしょ?」

 一瞬、彼女から発せられた声だとは思えなかった。通り雨のように、きまぐれに空から落ちてきたような気がしたから。

「私が高校生の頃は、ここもそれなりに賑わっていたんだけどな……」と顔だけ振り向いて、素っ気ない笑みを浮かべる。

まるで、取り残されたこの通りの住人のようだった。
実際にそうなのかもしれない。

 どう反応していいか分からなかった。

 廃れていく自分の故郷が脳裏によぎり、胸の奥が痛くなる。

東京にも、こんなところがあるんだよな。スーツ姿の人間が早足で行き交うオフィス街や、高級住宅地。それと活気のある野暮な下町。上京してからというもの、そういうところばかり歩いてきていた。ここは、ぼくの知っている東京ではない。

区役所から夕刻を告げる曲が流れだす。『家路』は、冷たい空気のなかで透きとおっていた。

 ミユは、一件の店の前に立ち止まった。そこは経営をやめてから、随分と経っているのが分かる。壁に貼られたメニューのほとんどが擦れていて、壁は黒ずんでいた。割れた看板にはゴシック体で『炉夢』と印字されているのが、かろうじて読めた。葡萄の蔓に実がぶら下がっているイラストが一緒に描かれている。元々はスナックか、喫茶店だったのかもしれない。

 正面の入り口に地下につながる階段があった。そこを降りていく。苛立ちは、いつの間にか消えていた。ただ、彼らがぼくをここに連れて来た理由を知りたくて、脚がなんのためらいもなく階段に向かう。下にはタールで黒く塗られた分厚い木製のドアがあった。隙間から微かにラテン音楽とやけに湿度の高い空気が漏れている。

 別の世界に通じるドア。そんな気がした。


つづく

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リアルだけど、どこか物語のような文章。一方で経営者を中心としたインタビュー•店舗や商品紹介の記事も生業として書いています。ライター・脚本家としての経験あります。少しでも「いいな」と思ってくださったは、お声がけいただければ幸いです。