見出し画像

飛浩隆 『零號琴』 : 物語の中の〈親友〉たちへ

書評:飛浩隆『零號琴』(早川書房)

メタ・フィクション形式に惹かれる人間というのは、多かれ少なかれ「現実と虚構」の関係を、相対的なものだと看做しているように思う。それは「虚構」に対する愛着が、人一倍強いということなのかも知れない。
児童心理学の本には、しばしば「架空の友だちと会話する子供」という事例が登場するけれども、大人になっても、そんな感覚を持ち続けている人が、このような傾向を持つのかも知れない。

もちろん、かく言う私もそうだし、だからこそ飛浩隆にも、似たようなところを感じてしまう。
その上、飛浩隆と私は同世代だから、余計に似ているのかも知れない。

と言うのも「イマドキのアニメファン」は、私などからすると、あまりにも「移り気」過ぎるのである。
ある作品を熱心に支持して、まるで自分以上に熱心なファンは他にはいないだろうと言わんばかりに大騒ぎするわりには、本放映が終り、次のシーズンが始まると、もうその作品のことはすっかり忘れたかのように、「今期の押し」作品について大騒ぎを始めるのである。これは作品に登場するキャラクターに対する態度でも同じで、「だれそれは、俺の嫁」などと言っていても、それは所詮、本放映の間だけでしかない。

それに比べれば、昔のファンは、本当に義理がたかった。自分の愛したキャラクターを、まるで実在のものであるかのように扱って、決して粗末にするようなことはなかった。
例えば、アニメ『海のトリトン』のファンクラブは、放映終了後も長年運営されていた。たぶん、彼や彼女の気持ちとしては、あの作品を、ひとつの「作り事=フィクション」だとは考えたくなかったのであろう。実際、それ以上の生々しい存在と感じられていたからこそ、愛したキャラクターを、作り物とする気にはなれなかったのだと思う。

そして、私にも、そんなキャラクターが何人も存在していて、私の生き方を、どこかでたしかに規定してきたと思う。「彼らの想いや理想を裏切れない」と。
現実に生きる私には、アニメや特撮ドラマのヒーローやヒロインのような特別な力はなく、だから彼らの体現した正義や勇気や優しさや自己犠牲を、そのまま引き継ぐことはできないけれど、しかし「気持ちでだけは裏切りたくない」という思いが、ずっと生き続けてきた。
そしてそれは、同世代である飛浩隆もまた、基本的には同じなのだと思う。

『 そんなわけで本人がいちばん気に入っている文章は、(※ 作中のアニメ作品である「フルギア!」のキャラクターである、愛称)なきべそについて書いたもので、これは別の名義で書かれた。
 その中で鎌倉ユリコは「フリギア!」の熱心なファン(大人も子どもも)に向かって、こう書きはじめている。

 あなたたちの中で、なきべそは、くさびになって大時計の中で生きていることでしょう。
 これはとてもたいせつなイメージであり、シンボルです。このシンボルがあなたたちの心中できっと大切な役割を果たしていることでしょう。また、その役割はひとりひとりみな違うでしょう。それがどんなものかは、あなたの心の中にいるなきべそにきてみてくださいね。
 ここでこれから書いておきたいのは、くさびであることを強いられたなきべそがどうやって別の物語に登場できたのか、そこで出会ったかがみのまじょとどう対決したか、そして「最終回」の先を生きられたか、です。』(P596)

物語の中の「彼(彼女)のように生きたい」という思いは、決して「現実逃避」などではない。そうではなく、それは「彼(彼女)ら」を、この「現実」の中で生き延びさせることであり、それこそが「最終回の先」なのではないだろうか。

私たちファンが忘れないかぎり、「彼(彼女)ら」は生き続け、そして何度でも姿を変えて甦るのだ。
「彼(彼女)ら」は、この「不条理な世界=現実」に生きる私たちを、いつでも励ましてくれる。例えば、フリギアは、絶対に諦めない!」という決め台詞は、私たちへの励ましのメッセージであり、そして、そんな「彼(彼女)ら」を生かし続けるのは、私たちなのである。

----------------------------------
【補記】

本レビューを、放火事件で亡くなられた「京都アニメーション」のクリエーターたちに捧げたいと思います。

あなたたちの想いは、あなたたちの描いた「彼(彼女)ら」を通して、私たちの胸に、永遠に生き続けることでしょう。「最終回の先」を、私たちは信じています。

初出:2019年7月21日「Amazonレビュー」
  (2021年10月15日、管理者により削除)

 ○ ○ ○




 ○ ○ ○



 ○ ○ ○


 ○ ○ ○





















 ○ ○ ○












この記事が参加している募集

読書感想文

SF小説が好き