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月刊『抽象的な歩き方』

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様々なフリー切符や長旅に出た記録の置き場。
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#発達障害

ACT.69『夕闇を跨いで』

ACT.69『夕闇を跨いで』

継承された花

 北海道の県花として、現在では『はまなす』は多くの人々に認知されている。
 JR北海道でも、昭和63年以降にそれまでの青函連絡船の廃止に伴う青函トンネルの開通。そして深夜の移動手段の代替手段として寝台急行・『はまなす』を昭和63年以降に札幌から青森まで運転した。寝台車と座席車を併結して走行する姿とその走りは、多くの鉄道ファン・旅人に愛され平成28年の北海道新幹線開業までその使命を果

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ACT.67『最果ての時間』

ACT.67『最果ての時間』

予想外

 日本最北の場所、稚内に到達した。
 稚内から、もう少し先に向かってバスに乗車して行こうと思う。向かうは日本の最北端、宗谷岬だ。この宗谷岬から先は、ロシア…樺太が続く事になる。名実共にして、日本最北の場所に向かう事になるのである。
 事前調べでは、稚内駅から宗谷岬に向かう為にはバスに乗車せねばならないのだという。バスターミナルの待合室にあるカウンターで、宗谷岬への行き方を聞いた。
「すい

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ACT.57『苗穂まわり』

ACT.57『苗穂まわり』

尽きない魅力と

 再び、苗穂工場の話から再開だ。
 前回は苗穂工場の開発した強烈なマシンの数々の紹介として、青函トンネル新幹線転換を目前に開発された『トレイン・オン・トレイン』と鉄道道路両用のバススタイルの乗り物・DMVについて紹介した。
 そして今回は少し、苗穂工場の保存車(少し見える範囲)と苗穂運転所付近を歩いて見かけた車両の撮影をしていこうと思う。
 苗穂工場に関して再紹介すると、苗穂工場

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ACT.54『さよならを仰いで』

ACT.54『さよならを仰いで』

雨天進軍

 岩見沢のファミリーマートで500円近いビニール傘を購入し、少し大きな出費と被弾を経験し後悔と雨に打たれつつも駅に向かって歩く。
「靴下は脱ぐしかないな…」
雨の中、濡れた靴下の感覚が気持ち悪くてスグに脱いだ。雨に濡れる事。そして自分は外出時に本を必ず携帯しているほどの本好きで『本が濡れるのも嫌』なのだが、この『靴下が濡れている感触で靴を履いている』のが何よりも嫌なのである。速攻で脱い

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ACT.53『あの感情へ、一歩…3』

ACT.53『あの感情へ、一歩…3』

住所

 岩見沢から北海道の保存蒸気機関車を見つめていく旅を開始し、まずは駅を拠点に移動開始していく事になる。この岩見沢からバスに乗車すると、もう1つの鉄道テーマパークのような場所、『三笠鉄道村』にも向かう事が出来る。保存車両は今回の旅路で訪問した小樽と同じくして国鉄系の車両。そして北海道の鉄道史に貢献した車両の保存展示を多く扱っており更にはホンモノの蒸気機関車の運転体験まで可能な施設だ。今回は『

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ACT.52『あの感情へ、一歩…2』

ACT.52『あの感情へ、一歩…2』

北の街並みへ

 特急、すずらん3号は札幌に到着した。遠回りな形で石勝線経由、そして室蘭本線の乗車間違いを挟んでの結果となってしまったがこうして札幌の地を踏む事が出来た。
 幾らこの駅を通過していたとしても、
『降りて駅名標を見る事』
で得られる感動感というのは大いなるものがある。
「遂に札幌に来たんだ、」
と自分は高らかなる気持ちを持っていた。
 ただ、実際は
「自動放送のご案内は私、大橋俊夫で

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ACT.51『あの感情へ、一歩』

ACT.51『あの感情へ、一歩』

清らかなる朝に思いを

 安平町・追分を出発する時がやってきた。早朝の時間には送迎や朝食のサービスはないので、そのまま布団を戻して駅に向かって歩く事になる。
「もう少し、話をしていたかったものだな…」
と感じながら、車で登ってきたであろう道を歩いた。
「こうなっていたのか、北海道らしいなぁ」
と思いつつ、傾斜の続く大地を踏み締めて駅に向かう。国鉄の思いを共有できる数少ない人だったが、次にこうした世

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ACT.50『若人の国鉄』

ACT.50『若人の国鉄』

聖地追分

 まず。この記事を記す前に。
 大長編北海道の最中になりましたが、なんとか50話目まで記す事が出来ました。これも皆さんのスキ、そして閲覧や支援のおかげでございます。これからも様々な旅路を記して参りますので何卒。
 というわけで…この追分は、日本鉄道史と国鉄を愛する自分にとって『聖地』としての要素が非常に強い。
 何より、その中には国鉄の中で動力近代化計画の最中で最後まで蒸気機関車が残存

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ACT.48『いらんからぷて。』

ACT.48『いらんからぷて。』

北海道公用語?

 最初にタイトルを見て困惑された方も居るかもしれないので解説。
 この言葉は、アイヌ語の言葉で
「こんにちは」
という意味の挨拶である。普段は聞き慣れない言葉だが、北海道。そしてJR北海道の列車に乗車しているとこの言葉での挨拶を多く耳にする事になる。
 最初にこの挨拶を(しかも大橋俊夫さんの声で)聞いた時には爆笑寸前になるかと思ったのだが、非常に北海道では標準的に使用されているよ

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ACT.47『本当の洗礼は』

ACT.47『本当の洗礼は』

山線との別れ

 長万部に到着した。
 この駅は、C62形急行ニセコの時代に重連が切り離された駅であり、この駅からC62形急行ニセコは重連を解放して本務機と客車だけを従え、連絡船の待つ函館に向かっていたのだ。
 そして、そんな函館まではあとこの場所から100キロ近くある。この旅路では北海道の中で最も南の都市として長万部の街に訪れた(中継地点としてであったが)のだが、それでもまだまだ道南の街は遠い気

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ACT.46『変わる山線へ』

ACT.46『変わる山線へ』

駅周辺と新幹線

 前回も記したように、この倶知安の駅周辺には現在非常に新幹線の建設に向けた動きが盛んである。新函館北斗から延伸された札幌に至る北海道新幹線の延伸線路は現在の函館本線は山線の経路と同じような経路を進行し、この倶知安で乗客を出迎えるのだ。
 その事に関しては、また後ほどにしておこう。
 六郷駅の胆振線跡を自転車で出発し、再び倶知安の大通りに出た。この大通りが倶知安のメインストリートと

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ACT.45『羊蹄山の眼下』

ACT.45『羊蹄山の眼下』

新幹線建設の忙しさ

 倶知安の駅にまず降りて感じたのは、この駅の周辺が新幹線家延伸への来る時期に向かって次々に開拓されている事だった。
 その事は手に取るようにじっくりと伝わり、駅の忙しない状況を感じさせてくる。この鉄路に関しては廃止説や貨物転用など、様々な議論を交錯させているがどの結論にて終止符を叩き付けるのだろうか。
 この倶知安駅で下車したのには理由がある。この駅にも、自分の憧れたものがあ

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ACT.43『序章』

ACT.43『序章』

流れ着いて

 小樽市でそのまま一泊する事にした。倶知安方面なども考えて宿を調べたが、そのまま小樽市に滞在。南小樽から徒歩15分圏内の銭湯ゲストハウスに宿泊した。
 という事で、小樽駅方面に向かう中央バスに乗車。そのまま乗車していたのだが…
 気が付いた時には小樽駅のバスターミナルホームにバスが斜め付けされており、自分が疲れてというかクタクタになって寝ている状態だった。
 と、小樽駅からこの先3つ

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ACT.42『小樽科学と交通の深淵に』

ACT.42『小樽科学と交通の深淵に』

機関車の繋ぐ絆

 …皆様。もうそろそろ、この話も終了と致します。本当に長引いてしまった事を先に一先ずお詫びさせて下しぃ。(まずはキミの纏める能力だろう)
 さて。小樽市総合博物館の館内をじっくり見ていると、館内を勇壮な汽車が走行している。この汽車の名は、『アイアンホース号』。北海道とアメリカの絆によって導入された蒸気機関車だ。
 この機関車は、アメリカのポーター社が製造した機関車である。生まれは

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