#060 主人公とは何ぞや!

坪内逍遥は『小説神髄』の第4章に当たるところで「主人公の設置」について述べています。

主人公とは何ぞや。小説中の眼目となる人物是れなり。或ひは之れを本尊と命[ナヅ]くるも可なり。主人公の員数[カズ]には定限なし。唯一個[ヒトリ]なるもあり、二個[フタリ]以上なるものあり。されど主人公の無きことはなし。……小説を読むに当りては、その後回[コウカイ]の脚色[シクミ]の如何を問ふよりは、寧ろまづ主

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#059 時代小説を書くときの注意点

坪内逍遥の『小説神髄』は、下巻の第3章に当たるところで「時代小説の脚色」を述べます。

歴史小説の裨益は正史の遺漏[イロウ]を補ふにあり、この効用のあるが故に歴史小説を玩読[ガンドク]するもの世上に尠[スクナ]からぬ事なれども、若し彼の正史が発達して完全無欠の物となりなば、また遺漏なき筈[ハズ]なるから、世間の小説、稗史のたぐひは世の人々に愛玩さるべきその根源をば失ふべし。……小説の正史に異

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うれしぃ〜なぁ!( ´∀`)
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#058 小説を書く上での11の注意点

坪内逍遥の『小説神髄」では、下巻の第2章に当たる「小説脚色の法則」で、小説を書く上での注意点を11項目挙げています。

1.荒唐無稽

これは、逍遥がことあるごとに言っていることですね!

真成の小説には、荒唐無稽、奇異非常なる咄々怪事を忌めるよしは、已に繰返して説置[トキオキ]たれば、また更にここに贅せず。

2.趣向一轍[シュコウイッテツ]

おなじやうなる趣きのみ幾回となく続くことなり。唱歌

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歴史・人物伝~松陰先生編①吉田松陰が「先生」と呼ばれる理由は?

幕末から明治にかけて、長州藩(山口県)出身者が大勢活躍しました。明治のリーダーだった伊藤博文や山県有朋、維新三傑の一人・木戸孝允(桂小五郎)、そして幕末の英傑である高杉晋作や久坂玄瑞。

木戸を除く4人は松下村塾で学びました。その師こそが吉田松陰です。松下村塾は地方の小さな私塾に過ぎませんが、日本の歴史を変え、明治の日本社会を支えた人材が次々と巣立っていきました。

吉田松陰は、地元の山口県萩市で

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ご覧いただき、かたじけなく存じます
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#057 下ネタに逃げちゃダメ!

坪内逍遥の『小説神髄』では、「小説脚色の法則」を述べているのですが、法則に入る前に、逍遥は、comedyとtragedyについて述べ始めます。

なぜ、それを先に述べ始めたかと言いますと…

純粋なる快活小説を綴るに当りて最も忌み嫌ふべき条件といふは、鄙野猥褻[ヒヤワイセツ]なる脚色[キャクシキ]是れなり。作者の見識低き時には間々滑稽の料にくるしみ、詼謔の料を求めかねて、いと賤[イヤシ]むべき事柄

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#056 小説脚色の法則

坪内逍遥は『小説神髄』の下巻で、「文体論」のあと、第2章に当たるところで「小説脚色の法則」と題する文章を書いています。

およそ小説は作者が架空の想像に成るものなり。故にその趣向を設くるに当りて些[チト]も原則のなきに於ては、一向[ヒタスラ]写真を主眼として、孟浪[モウロウ]思ひを構ふるまま、前後錯乱して脚色[スジ]整はず、事序繽紛[ジジョヒンプン]として情通ぜず、出来事あまりに繁に過ぎて

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すきスキ好き(^ ^)
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あなたが西へと旅立たれてから随分と経つ気がします。
おそらくあなたは、孫悟空・沙悟浄・猪八戒。
三匹のなまかを連れて、天竺へと向かっている途中なのでしょう。

でも、あなた。忘れているかもしれませんが、東京出身ですからね。
お釈迦様からお経をもらえば、いつでも戻って来ていいですよ

#055 事件は現場で起きてるんだ!

上田万年(1867-1937)は、1898(明治31)年、『太陽』で「内地雑居後に於ける語学問題」を書き、次のように述べています。

一日も早く東京語を標準とし此言語を厳格なる意味にていふ国語としこれが文法を作りこれが普通辞書を編み広く全国到る所の小学校にて使用せしめ之を以て同時に読み書き話し聞きする際の唯一機関たらしめよ。

同じ年に、衆議院議長の近衛篤麿(1863-1904)が内閣総理大臣の山

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出歯亀の時代①

今から三十数年も昔、高校生の時だ。「出歯亀」というあだ名の同級生がいた。その時、初めて「出歯亀」という言葉を聞いた。そして、その、滑稽でどこか情けない響きを持つ言葉が、「覗き」を指すということを知った。ちなみに、その同級生は、「覗き」なんて行いとは無縁なほどの男前だったが、どうして、「出歯亀」なんて恥ずかしいあだ名を頂戴したのか、何か怪しい過去でもあったのか、それは今では知る由もない。ただ、私は、

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#054 国語と教科書と標準語の話

坪内逍遥の『小説神髄』は、「文体論」に多くの紙数を割いています。

それは、我が国に本物の「小説」を根付かせるための新しい文体を提示するために多くの紙数を割いているのではなく、何が正解かわからないから多くの紙数が割かれてしまっているのです。

逍遥は、「羅馬字会」や「かなのくわい」を紹介するところで、「国語」という単語を頻繁に使っているのですが、そもそも、この時代、我が国の言語たる「国語」がなかっ

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