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文学・文芸

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読書感想文や自作の小説や詩、文学作品について語ったものを載せておきます。
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記事一覧

【短編小説】最高気温50℃

【短編小説】最高気温50℃

「昔はもっと涼しかったのにね」

 平成生まれのおばあちゃんが、口癖のように言っていた。

 35℃を超えるのが当たり前の時代に産まれた私にとっては、何を言っているんだとしか思えなかった。まあ、おばあちゃんも歳だから、昔の在りし日のことを懐かしんでいるのだろう。そう思っていた。

 ある日おばあちゃんが倒れた。

 ベットの上のおばあちゃんは、苦しそうに、

「水、水……」

 と苦しそうに連呼し

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【私小説】人のことを好きになれない(前編)

【私小説】人のことを好きになれない(前編)

 ホームルームがあった2日後の午後。私は保健室から教室へと向かった。渋々授業に出席するためである。

 この日出席したのは、道徳だった。

 本音を申せば、道徳の時間が嫌いだ。

「みんな仲良く」

 特にこの論調が嫌いだ。

 みんながみんな仲良くできれば、世界、いや、もっと身近なところから争いが無くなっている。そして、警察も司法も軍隊もいらない真に平和な世界になる。けれども、現実は残酷だ。様々

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【私小説】修学旅行の班決め

【私小説】修学旅行の班決め

 月が変わって2月。一応世間の認識では冬ということになっているが、1月に比べ、ほんの少し春めいてきている。

 私の登校実績はというと、とりあえず全部の授業には出られていた。もちろん、これは私の意志でやっているものではないけれど。

 最初は何とか頑張って授業に出られていた。けれども、出ていくうちにどんどん辛くなって、また保健室登校へと逆戻りしてしまった。

 辛くなる原因は、主に2つ。

 一つ

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【私小説】保健室での1日②─後編─

【私小説】保健室での1日②─後編─

 教室と保健室を行き来する日々がしばらくの間続いた。

 小正月に入った次の週は2限、正月気分が完全に抜けきる1月下旬の初めには3限まで出られるようになった。

「佐竹くん、お疲れ様。授業はどうだった?」

 保健室の先生は、いつもの来客である私に少しうれしそうに聞いた。

「まあまあかな」

「全部出れそう?」

「うーん……」

 正直出づらい。人は案外他人のことを気にしていないとわかっていて

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【私小説】保健室での1日①─前編─

【私小説】保健室での1日①─前編─

 話の時系列を中二の冬に戻そう。

 中二の冬、特に三学期から中三になるまでの間は、いろいろなことをたくさん考えさせられた。良くも悪くも。

 ここで考えさせられたことは、柔くて脆い私の心を少し少し侵食していき、徐々に廃人への道へとひた走らせることになる。

   ※

 年が明けて1月。新年ということで、担任の先生の提案をうけ、私は教室での授業を再開した。といっても、最初は朝のホームルームと1限

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【私小説】好きだったモノ②─写真の話─

【私小説】好きだったモノ②─写真の話─

 写真を撮ることも好きだった。前にも花火大会でカメラを持ってきたり、紅葉の写真の話をしていたので、写真も趣味のうちなんだろうと察した人も少なからずいるだろうが。

 春には桜、夏には花火、秋には紅葉、冬には雪景色。こんな感じで、季節の風物詩を撮っている。それ以外だと、寺とか公園にいる猫の写真もよく撮っている感じだ。

 隠居をした今でも、気に入った風景などを見かけると、ついカメラのシャッターを切っ

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【私小説】好きだったモノ①─音楽の話─

【私小説】好きだったモノ①─音楽の話─

 中学一年の終わりから中二の冬までのことを一通り話してきた。

 中学一年の終わりから中二の終わりまでは、嫌なこともそれなりにはあった。けれども、まだ心の中に一抹の明るさがあった。それがあったおかげで、楽しいことは楽しい、嬉しいことは素直に嬉しいと感じることができていた。そして、誰かを信じようとする心があった。

 このまま成長していれば、精神を病んでしまうこともなく、私はもっとマシな人生を送って

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【私小説】私の進路と死⑤─エピローグ─

 警察に補導されてからは、母親の監視が強くなった。

 学校へ行くときも、通学カバンや制服のポケットの中をしっかり点検させられた。失踪の計画を未然に防ぐために。

 また、外出するにしても、どこへ行くのか、そして何時までに帰って来るのかというのを詳細に伝えなければいけなくなった。いつも家に母親がいるとは限らないから、スマホを持たされた。いないときは、これでどこにいるかを伝えてくれということだ。

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【私小説】私の進路と死④─タビノオワリ─

【私小説】私の進路と死④─タビノオワリ─

 旅に出てから3日目。この日私は、初めて東京で朝を迎えた。

 宿代を払って、外へ出てみる。

(それにしても、人多いな……)

 人、人、人。朝だというのに、どこもかしこも人で埋め尽くされていた。時間帯ということもあるのだろうが。

 東京に来ていつも思うのだが、どこに行っても人がいる。駅やその周りはもちろんのこと、閑静な住宅街や公園、細い道、寺社仏閣にも人がいる。

 周りにこんなに人がいて、

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私の進路と死③─東京へ─

私の進路と死③─東京へ─

 旅に出てから2日目の朝。上野東京ラインに沿って、自転車を漕いでいた。

「やっぱり旅って、いいね」

 旅はいい。見知らぬ風景を見たり、知らなかったことを知ることができたり。そんな経験、修学旅行以外でしたことがなかったから、とても新鮮に感じられた。

 普段私は、半径5キロ圏内で生きている。隣町にあるブックオフやハードオフという例外を除けば。

 平日は学校と家を行き来するだけ。帰りにコンビニへ

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【私小説】私の進路と死(前編)

【私小説】私の進路と死(前編)

 11月も終わりに差しかかったころ、総合の時間に高校の話が出た。

 話の内容は、入試の種類や学科について。どこの中学校でもやっているような高校の説明会だった。

「高校か……」

 正直私には、将来なりたい職業がない、というより、無能すぎてどの職業を選んでも上手くいかない。そんな気がするのだ。

 世の中は、人としっかりコミュニケーションが取れ、何でもそつなくこなせて、話が上手な人間だけが必要と

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【私小説】私の進路と死②─鎌倉─

【私小説】私の進路と死②─鎌倉─

 12月の初めのある日の早朝。地図を持って、私は旅に出た。あてのない旅に。

 計画としてはこうだ。

 まず、誰にも何も言わないで家を出る。三浦くんにも、多田くんにも。もちろん、あの母親は論外だ。もし誰かに言い出したら、強引に引き止めようとしてくるかもしれないからだ。

 とりあえず海の方へ出よう。そう思ったので、藤沢経由で鎌倉をめぐって横浜を経由して東京へ出ようと思った。埼玉、千葉方面どちらに

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【私小説】秋の楽しみ(後編)─秋の休日と紅葉と夕焼け─

【私小説】秋の楽しみ(後編)─秋の休日と紅葉と夕焼け─

 日曜日、私は自転車を漕いで少し遠くの町まで自転車を漕いだ。

 冷たいけれど爽やかな秋風が気持ちいい。

「秋だねぇ」

 日本の秋を感じる。ついこの前まで少し蒸し暑かったかと思えないほどに涼しい。

「動きやすいから、どんどん飛ばしていこう」

 自転車を漕ぐスピードを上げ、私は走った。

 稲がなくなって土色になった田んぼと薄い水色の空の間を赤とんぼは飛び回る。

 途中にあったスーパーで昼

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【私小説】秋の楽しみ(前編)─焼き芋と読書、そして紅葉─

【私小説】秋の楽しみ(前編)─焼き芋と読書、そして紅葉─

 11月になった。先月まで緑色だった銀杏の葉は黄色く色づき、少し暖かった空気も冷たくなった。

(もう秋の盛りか)

 秋だ。秋の盛りだ。

 私は秋が好きだ。

 まず、食べ物がおいしい。

 夕方から夜になりかけの時間帯に、

「焼き芋~。焼き芋~」

 と軽トラックに乗った焼き芋屋さんが、拡声器で触れ回る。

(どうする……)

 この宣伝文句を聞くとふいに焼き芋を買いたい衝動に襲われる。そ

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