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【私小説】保健室での1日①─前編─

 話の時系列を中二の冬に戻そう。

 中二の冬、特に三学期から中三になるまでの間は、いろいろなことをたくさん考えさせられた。良くも悪くも。

 ここで考えさせられたことは、柔くて脆い私の心を少し少し侵食していき、徐々に廃人への道へとひた走らせることになる。


   ※


 年が明けて1月。新年ということで、担任の先生の提案をうけ、私は教室での授業を再開した。といっても、最初は朝のホームルームと1限だけ出て、あとは保健室で自習といった感じだ。慣れてきたら2限、3限、そして最終的には1限~6限まで全部といった感じで、出席する時間を増やしていく。

 朝のホームルーム前、私は席に着いた。

(何か言われたりしないかな……)

 久しぶりに座る自分の席。あれこれ考えてしまって、心臓が脈打つ音が幽かにだが聞こえてくる。

 だが、席に座っても、特に変わった様子は見受けられなかった。むしろ、

「健、久しぶり」

「あ、佐竹くんだ。やっほー!」

 といった普通の反応が多かった。

(なんか想像と違う)

 また失踪のことでいじめられたり、心ないことを言われるんじゃないか。そう思って、私は少し怯えていた。でも、反応は意外にもあっさりしていて、私は少し安心した。

 これに関しては、単純に私の失踪という話題に飽きたことや、先生に口止めされているというのもあるのだろう。それでも、少し安心できて、よかった。

 同時に、

「人って案外他人のことを気にしてないんだな」

 と思った。やっぱり、みんな自分のことで忙しいから、嫌われ者である私のことを気にする余裕が無いのかもしれない。


 1限の国語が終わった。道具を片づけ、私は保健室へと行こうとした。

 教室を出ようとしたときに、三浦くんが私のことを呼んだ。そして、

「無理するなよ」

 と言ってきた。

 暖かい三浦くんの言葉に、私は、うん、とうなずいて答えた。

「昼休みとか放課後、また来るから」

「ありがとう」

 通学カバンを背負い、私は保健室へと向かった。


 保健室での1日はこんな感じだ。

 まず、出された課題や保健室の先生の手伝いをしながら、その日が終わるのを待っていた。

 課題は穴埋め式のプリントだったり、教科書の内容をまとめるといったものだろうか。

 穴埋め式のプリントは、教科書に書いてあることを写しながらやっていた。教科書の内容まとめは、教科書に書いてあることを丸写しすればいいので、それほど大変ということはなかった。頭にそれがしっかり入っているかどうかは別の話だが。


 3限が始まるころ。私は留守番を任されていた。

 たまに保健室の先生は、教室を出てどこかへ行ってしまうことがある。そんなとき、私はいつも部屋の留守番を任せられていた。

 留守番のとき、保健室に誰も来ないこともある。不謹慎ではあるが、そのときは暇で暇でどうしようもない。

 誰も来ないときは、持ってきた文庫本を読んだり、いろいろなことを考えたりして、暇を潰していた。課題もあるけれど、勉強嫌いな私にとっては、そればかりやっていると狂ってしまいそうになる。

(どうせ誰も来ないんだろうな)

 退屈そうに、晴れているけど寒そうな誰もいない寂しいグラウンドと青空を眺めていた。

 戸を叩く音がした。

 誰が来たのかを確かめるため、ドアを開けてみる。

 そこには顔色の悪い多田くんの姿があった。体操着姿ということは、体育が嫌で休んだのだろう。

 苦しそうにしていた多田くんは、苦しい中にも明るさを持った笑顔で、

「あ、健だ。久しぶり」

 と言った。

 私は、

「こんにちは、多田くん」

 と言ったあとに、

「また体育が嫌で休んだの?」

 と聞いた。

「うん。また腹が痛くなってさ」

「なるほど。体育はできないだけでいろいろ言われるからね……」

「わかる」

 多田くんはうなずいた。

 実際体育の時間では、運動神経のいい人間が、得意気な顔で格好いいプレイを決めている。それは、サッカーでもバスケでもバレーボールでも同じだ。もちろん、卓球やテニス、バトミントンといった個人競技、徒競走や走り幅跳びといった陸上競技、柔道や剣道といった武術でも同じだ。

 対して、私のような運動神経が無くて機転の効かない人間には、ちっとも楽しくない。鬱々とした気持ちの中で、周りに怯えてやらねばならないから、地獄そのものなのだ。

「休みたい気持ちもよくわかるよ」

 そう言おうとしたとき、保健室の戸が開いた。

 戸が開いた方向を見ると、30代半ばに行くか行かないかくらいの白衣を着たそこそこ背が高くてスタイルのいい女性教師がいた。

「こらこら、佐竹くん保健室を談話室代わりに使わない!」

「はいはい」

「課題は終わったの?」

「……」

 私はしばらく黙り込んだ。

 課題を全くやらず、文庫本をこっそり読んでいたからだ。

 やっていないことを察した保健室の先生は、

「お友達と話してないでしっかりやるんだよ」

 と少し強めの念を押す口調で言った。

「はーい」

 私は再び、保健室のベットへと戻っていった。多田くんとは、ポケットにこっそり忍ばせたメモ帳でやり取りをした。

 そのときのやりとりは、やっているフリをしてやらなければいけないので、少しハラハラした。


「おーい、健。来てやったよ」

 昼休みに三浦くんが来た。理科と社会科のノートと出された課題を持って。

「三浦くん」

「やあ」

 空いている方の手を上げ、あいさつをしたあと、三浦くんは、

「ほれ、差し入れ」

 と言って、ベッドの机の上にぽんとプリントを置いた。正直に言えば、全然うれしくない差し入れだ。

「ありがとう」

 嫌な顔で受け取るのも失礼かなと思った私は、軽い微笑みを浮かべながら、優しく受け取った。

「外出て話そうか」

「うん」

 私と三浦くんは、人目の少ない旧校舎で話をすることにした。

 私は、今でも私について下種の勘繰りをしている人間がいないかどうか聞いた。

「いないさ。一部を除いてはね」

「なるほど」

「でも、みんな飽きてきてるみたいだ。人の噂も七十五日と言うけれど、本当にそのとおりだったね」

「そっか」

 少しホッとした。やっぱり単に私の話題に飽きただけなんだ。でも、まだ私について下種の勘繰りをしてる人間がいるみたいだから、当分の間は保健室登校してようかな。

「あと、他には何か変わったことはあった?」

 私は他のみんなの様子が気になったので、なんとなく聞いてみた。

 三浦くんはしばらく黙ったあとに、

「特には無いかな」

 と言った後に、

「あ、そうだ。今度多田くんの家で遊ぶのだけど、君も来るかい?」

 ふいに思い出したか

(久しぶりに土曜日に多田くんの家へ遊びに行ってみようかな……)

 久しぶりに会ったときの多田くんは、苦しそうではあったけど、嬉しそうだった。

 ちょうど、引きこもり生活にも飽きてきた。テレビもつまらないし、一人だと寂しくなる。

「行くよ」

「あ、あと次は音楽だから、じゃあまた放課後」

「わかった」

 道具を取りに、三浦くんは教室へと向かった。

 一人になったり、私のことを気にしてくれる誰かが来たり。条件付き保健室登校の日々は、ゆったり過ぎて行く。


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