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【私小説】秋の楽しみ(前編)─焼き芋と読書、そして紅葉─

 11月になった。先月まで緑色だった銀杏の葉は黄色く色づき、少し暖かった空気も冷たくなった。

(もう秋の盛りか)

 秋だ。秋の盛りだ。

 私は秋が好きだ。

 まず、食べ物がおいしい。

 夕方から夜になりかけの時間帯に、

「焼き芋~。焼き芋~」

 と軽トラックに乗った焼き芋屋さんが、拡声器で触れ回る。

(どうする……)

 この宣伝文句を聞くとふいに焼き芋を買いたい衝動に襲われる。そして、

(買おうかな、買わないかな。買ったらお金無くなるしな……。でも、おいしいから買おうかな……。でも、買ったらお金無くなるしな……)

 といった感じで頭の中で、買うか買わないか会議が始まる。

 考えに考えたあげく、

「ええい、買ってきてやる! 待ってて焼き芋屋さん!!」

  と焼き芋を買いたい衝動に駆られて買いに行ってしまう。もちろんあのヒステリックな母親の分もしっかりと。買わなければ買わないで、何を言われるかわかったものではない。

「いただきまーす!」

 家に帰って手を洗い、焼き芋を食べる。

 長くて濃い紫色の芋を折ると、黄色い中身が湯気と同時に出てくる。それを口に入れると、甘い香りとほくほくとした食感が舌から体全体へと伝わってくる。

「やっぱりこの季節は焼き芋だねぇ~」

 普段ケチな私も、焼き芋の甘さと食感には勝てない。いつか焼き芋を飽きるほど食べてみたいな。でも、芥川龍之介の『芋粥』の主人公五位のように結局は飽きるのだろうけど。


 公園で読書をしやすい。これも秋が好きな理由の一つだ。

 極端に暑くも寒くもないうえに、日射しが心地いいから、外で本を読むのには調度いい気候なのだ。だから、公園のベンチに腰掛け、文庫本や漫画本を読んでいると、あっという間に時間は過ぎてゆく。

 そこに藤の蔓で作られた籠に入ったサンドウィッチと、水筒に入った紅茶があれば、どれだけ優雅な一時だろうか。というより、私は紅茶を飲まないから飲み物はほうじ茶でもいいのだけど。ほうじ茶だったら、そのお供は饅頭かみたらし団子になるだろうか。

 世を捨てた今でも、公園での読書のお供を何にするかについてはよく悩んでいる。


ちはやふる神代もきかず竜田川
唐紅に水くくるとは

在原業平

 何よりも紅葉がきれいということ。これが私が秋が好きな一番の理由。

 唐紅に染まった紅葉に秋の優しげな陽光が差し込むと、ちょっと神秘的な感じになる。そこに一本道があって、紅葉がトンネルのようになっていると最高だ。

 テレビのニュースや旅番組で、紅葉の名所についての特集が流れるといつも、

(高尾山とか京都の嵐山に行きたい)

 と思っていたものだ。

 でも、それを実行しようにも、私には金がない。やはり、貧乏人には難しい。

(どうしようかな…...)

 頭を抱え、漫画と小説、そして少しの新書とムックや写真集が机の上に山積みになった小部屋の中で私は考えた。

 紅葉が見たい。けれども、高尾山まで行く余裕がない。鎌倉は高尾山に比べて行きやすいからいいけど、江の電やバスに乗ってどこかへ行くこともあるから、かなりお金がかかりそう。

(待て。そういえば、近所に紅葉見られるところあったな)

 ちょうどいい。そこで紅葉を見たり、本を読んだりしようか。そうすれば、私の秋の三大欲求のうちの2つは満たされるから。


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