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書評

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#書評

境界散文【引用】Gabor Mate, M.D.『身体がノーと言うとき』

境界散文【引用】Gabor Mate, M.D.『身体がノーと言うとき』

うわ、と思う。
 
 わたしは、人体と、中身が分離している感覚がある。これは今に始まったことではなく、ではいつからかと問われると、分からない。それこそ、拒食症になった頃からかもしれない。わたしは生きるのが下手なので、いつもヘトヘトに疲れている。生きていくことは苦しい。死ぬのも苦しい。何もしたくない。だけどもわたしは体力がある。人より長時間働いても売上は伸びるし、人体の回復は早い。
 看護助手をして

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痛みと神散文 - 『麻酔はなぜ効くのか〈痛みの哲学〉』外 須美夫【書評】

痛みと神散文 - 『麻酔はなぜ効くのか〈痛みの哲学〉』外 須美夫【書評】

麻酔科医で現在ペインクリニックの医師である外 須美夫氏の著者『麻酔はなぜ効くのか〈痛みの哲学〉臨床ノオト』を読んだ。
彼の、まるで医師とは思えない文学的センス、そして麻酔科医という視点からの衝撃的な臨床の記録に大変感銘を受けたため、軽く紹介させてほしい。

本書では麻酔の歴史や麻酔科医の誕生に触れたのち、著書である外氏の長い麻酔科医としての印象的な臨床経験が語られる。随所に彼のセンスを伺える詩や俳

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梅雨税散文 ‐ 『カフカはなぜ自殺しなかったのか』頭木弘樹

梅雨税散文 ‐ 『カフカはなぜ自殺しなかったのか』頭木弘樹

死にたかった人の、本を読む。
死のうとした人の、歌を聴く。
死ねない自分の、言い訳を探すために。

「どうですか、気分は」
「最悪ですね。」

これはわたしの診察室での定番のやりとりである。梅雨で、これから海外に住んでいたときの税務処理に手を付けなければならないのだから気分が最悪なのは当然であるが、まあ何度病院を変えても、わたしはいつもこんな感じである。今まで様々な病名がついた。双極性障害にうつ、

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散文日記 - 『動物・気違い・死』J・P・ペーテル

散文日記 - 『動物・気違い・死』J・P・ペーテル

昔住んだ駅で人身事故。
夕暮れが綺麗な駅だった。

どの辺かな。
ホームかな。
わたしがあの駅で死ぬなら、八王子側の、夕日が一番綺麗に見えるあそこを選ぶ。少し細くなっている、遠くの山が微かに見えるホームの先の、白い柵を跨ぐ。夕暮れ時には黄色になる、あの剥げた柵を。

立ち入り禁止。生きているのなら。

どんなひとだったかな。
疲れていたかな。それとも、ずっと前から決めていたのかな。
遺書、書いたか

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遺書散文 - 吉本隆明『遺書』

遺書散文 - 吉本隆明『遺書』

友人に勧められ、吉本隆明の著者を手に取った。『遺書』というタイトルである。選んだ理由は、価格と、タイトルになんとなく惹かれた、ただそれだけであった。

吉本隆明は詩人、親鸞の研究などで知られる評論家でもある。本書『遺書』は” 死" を「国家」「教育」「家族」「文学」など様々な視点から捉え、彼自身の死生観を俯瞰的に語った一冊である。大変興味深かったため、軽く紹介させてほしい。

そもそも「死」には様

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手記の美学散文ー『犯罪者の自伝を読む』小倉孝誠

手記の美学散文ー『犯罪者の自伝を読む』小倉孝誠

さて、わたしは監獄小説が大好きである。

監獄で書かれた手記は、大変美しく、興味をそそる。ジュネを筆頭に、ラスネール「回想記」、ワイルド「獄中記」にソルジェニーツィン「収容所群島」、国内からは山本譲司の「獄窓記」や、世間を騒がせた市橋達也の「逮捕されるまで」など、凶悪犯に政治犯、冤罪に至るまで種々多様の監獄手記が存在し、一定の人気を保っている。(話すと長くなるので省略。)
 
仏語翻訳家の小倉孝誠

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ヒツジ【江森敬治「秋篠宮」書評】

ヒツジ【江森敬治「秋篠宮」書評】

日本の皇室というものは世界でも指折りの”伝統的な組織” であるようで、時折現在の居住国でもネットニュースを見かける。外国人が日本の皇室に興味があるのかは謎だが、砕けた言葉でいえば「ガチガチの体制」であることは否定できない。

アマゾンのオススメに挙がっていた「秋篠宮」をさくっとkindleで読んでみた。秋篠宮家の立場、役職などについての解説は省略するとともに、連日の報道については言及せず書評を展開

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社会のきまり【木村敏「異常の構造」書評】

社会のきまり【木村敏「異常の構造」書評】

戦後、日本における精神医学界の筆頭といえば、中井久夫と木村敏ではなかろうか。先日中井久夫さんが亡くなり、なんと木村敏さんがその一年前に亡くなっていたことを知った。

10年ほど前になるだろうか、はじめて読んだ統合失調症に関する学術書の著者が木村敏だった。少し昔に書かれたもので「分裂病」という言い方をしていた。

数年ぶりに木村敏を読んだ。彼の、世界を見る目がわたしは好きだ。それは精神医学にとどまら

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肉体の悪魔【ラディゲ 書評】

戦争の影がフランスを覆う

学校は休みになり

子供たちは気晴らしを探す

若い男性が戦地に赴きはじめる

人が突然死ぬのはよくあること

僕は戦争をこう言う

「長い長い夏休み」

銃弾に散る我が国の命は

どこか他人事なのだ

16歳。

僕は子供。

恋に落ちたのは

19歳の人妻

彼女は僕に言う。

「わたしはあまりに年を取りすぎている。」

夫が戦地で苦しむ時間を埋めるふたり

体の触

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花のノートルダム【ジュネ書評】

読み終わる。

巻末。

手紙の出だし。

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1942年

創造を終え、

この手紙を書いているときのジュネ、貴方は

心底、物語を作る喜びを感じていただろう。
(本作は獄中で書かれた)

すくなくともわたしならそう感じる。

この美しい手紙を読んだら

わたしは泣くかもしれないし、

はたまた、

さすがジュネ、とでもいえるような可憐な裏切りに直面し

苛立つかもしれない

期待は恐

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「EDENA」English Edition【Moebius書評】

「EDENA」English Edition【Moebius書評】

フランスにコミック文化があるのをご存知だろうか。

Moebius(Jean Giraud)は1938年フランス生まれの漫画家、アーティスト(2012年没)。
SF、ファンタジーをメインの作品を数多く手掛け、ホドロフスキーやルネ・ラルーとも制作を共にした。

ホドロフスキー、ルネ・ラルーと聞いて察した方も多いであろうが、かなりユニークなアーティストである。

本作「The World of Ede

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レミングを知ってるか。【Richard Matheson" Lemmings" 書評】

レミングは北極付近に生息するネズミの一種。

大量繁殖と食糧を求めての大陸移動を3~4年のサイクルで繰り返し、移動の際に大量の犠牲を伴うことから集団自殺をする生き物として知られる。

その光景は" 死の行進" と称され、1958年公開のドキュメンタリー映画(ウォルト・ディズニー) " White Wilderness(邦題: 白い荒野) " で取り上げられ世界で知られるようになった。

彼らは海辺

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ゴロヴリョフ家の人々「оспода Головлёвы」 【シチェドリン書評】

ゴロヴリョフ家の人々「оспода Головлёвы」 【シチェドリン書評】

シチェドリンは19世紀後半のロシア、つまりドストエフスキーなどと同時代の風刺作家である。

そもそもシチェドリンという作家を私は知らなかった。光文社古典新訳文庫のZOOM配信で、ロシア語訳者の高橋和之さんが話題に上げており惹かれるまま購入。

本書「ゴロヴリョフ家の人々( оспода Головлёвы)」は1875年に書かれたシチェドリン唯一の長編小説。ロシアの農奴制度の崩壊とともに没落する貴

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抹茶ミルク【エミール・ゾラ短編「ナンタス」】

ゾラの「ナンタス」という短編が好きだ。

単純な物語。
田舎ものの男が、出世して権力を手にしていく。

美しい妻を手に入れるが、世間体のため。
互いに干渉しないことを誓い合う。

何年も、何十年も時が流れ、男は地位も金も権力も、なにもかも手にした。

はずだった。

なんて素晴らしい朝だろう。
朝の死は美しい。夜明けと死。陰と陽。

人は愚かだと思う。
自分たちの欲しいものは、良いモノと便利さだと

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