本能寺の変1582 目次小 4光秀の苦悩 第7~9話 天正十年六月二日、明智光秀が織田信長を討った。その時、秀吉は備中高松で毛利と対峙、徳川家康は堺から京都へ向かっていた。甲斐の武田は消滅した。日本は戦国時代、世界は大航海時代。時は今。歴史の謎。その原因・動機を究明する。『光秀記』
目次小 4光秀の苦悩 第7~9話
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重要 ◎目次
1嫡男光慶
第7話
◎光秀は、悩んでいた。
◎己の年齢。
◎そして、老い。
◎光秀は、体力に不安を感じていた。
◎光秀は、かつて、大病を患ったことがあった。
◎吉田兼見がその証人である。 「兼見卿記」
◎ルイス・フロイスと曲直瀬道三。 『日本史』
◎光秀の妻が祈祷を依頼した。 「兼見卿記」
◎信長は、使者を派して光秀を見舞った。 「兼見卿記」
◎「世代交代」
◎光秀の嫡男は、光慶である。
◎明智光秀張行百韻 天正十年五月二十七日。 「続群書類従」
◎この時、光慶は、まだ13歳だった。
◎光慶は、フロイスの『日本史』に登場する。 『日本史』
◎フロイスもまた、歴史の証人である。
2志向の相違
第8話
◎世界は、大航海時代であった。
◎信長の目は、海外を見ていた。
◎信長の「さらなる夢」。 「イエズス会日本年報」
◎信長の拡大政策は、止まず。 『日本史』
◎これが信長の志向。
◎光秀は、信長の「さらなる夢」を知っていた。
◎光秀の坂本城は、安土城の対岸にある。
◎光秀には、妹の妻木氏がいた。 「兼見卿記」
◎妻木氏は、信長の側近くに仕えていた。 「多聞院日記」
◎光秀は、妻木氏失った。 「多聞院日記」
◎妻木氏は、信長と光秀を繋ぐパイプ役だった。
◎光秀は、大きなダメージを受けた。
◎国々は、猶、長閑(のどか)なる時。
◎これが光秀の志向。
◎光秀は、分岐点の上にいた。
◎ならば、明智の取るべき道は、・・・・・。
3信長の猜疑心
第9話
◎明智の前途には、暗雲が立ち込めていた。
◎なるほど、「持てる者」には成った。
◎志賀一郡、拝領。 『信長公記』
◎丹波一国、拝領。 『信長公記』
◎しかし、信長は、猜疑心が強かった。
◎織田信勝の一件。
◎前にも、同じことがあった。
◎信長は、警戒していた。 『信長公記』
◎信勝、謀叛。 『信長公記』
◎信長は、病を装った。 『信長公記』
◎信勝は、油断した。 『信長公記』
◎信長は、信勝を殺害した。 『信長公記』
◎これが当時の風潮だった。
◎本能寺の変を現代の風潮でとらえるべからず!
⇒ 次へつづく 目次小 4光秀の苦悩 第10~15話
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