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思い出

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いまはあなたが遠くても

いまはあなたが遠くても

私は母と仲が良くありません。
仲が良くないといえば大したことはなさそうな感じがするけれど、ある事情から接触を避けている、というのが実のところです。
母との間には幼少期からの大きなわだかまりがあり、ある時から母と直接やりとりをすると、精神的なバランスを崩してしまうことが増えたのが原因になっています。
自分が幼少期に負った心の傷がトラウマとなり、それが母にも問題があったためだとわかったとき、お互いのた

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あなたのファンでいることが、最大のアピールになる

あなたのファンでいることが、最大のアピールになる

皆さんはチーズ、好きですか?
私は苦手な種類のものもありますが、割と好きです。
というか、ソムリエの資格を取る直前にいた店では、チーズの仕入れ担当をしていたことがあって、フェルミエさんからいろいろと仕入れて原価管理をし、チーズのプレートを作ったりしていました。
私はハマるとどこまでも深追いするタイプなので、当時持っていた「チーズ図鑑」では飽き足らず、料理書専門の古書店で手に入れた「ラ・ルースチーズ

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苦しくてつらいのが恋だと思っていた

苦しくてつらいのが恋だと思っていた

小さな頃、祖母の家に泊まりに行くと、夕食の時間が早かったので、食事を食べてからテレビを見たりして、茶の間でのんびりするのが習慣になっていました。
祖母はよく戦争の頃の話をしてくれて、時折ふと思い出したように、部屋の奥にある仏壇の下から、古ぼけたお菓子の缶を出してきました。
その缶の中にはたくさんの小さなモノクロの写真が入っていて、戦時中出征前に撮影した兄弟の小さな写真を見せてくれるのです。
まだ写

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港の見える部屋でクスクスを

港の見える部屋でクスクスを

クスクスが食べたくなると、亡くなったある人のことを思い出します。
その人は原宿のマンションにパートナーの女性とともに住んでいたのですが、そのマンションに欠陥が見つかったことから、パートナーの所有していた横浜中華街近くのマンションに転居し、パートナーと2匹の猫とともに暮らしていました。
広々としたリビングは書斎を兼ねていて、間接照明の薄明かりの中、キャビネットや壁を見ると、アール・デコを感じさせる、

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つよがりと言い訳(その2)~愛してやまない祖母の家でのこと

つよがりと言い訳(その2)~愛してやまない祖母の家でのこと

ふるさとはどこですかと問われたら、東京です、と答えるのだけれど、東京のどこかを問われると、なんとなくスッキリしない。
生まれたのは北区岸町の病院だけれど、幼い日をそこで育ったという印象がないので、そんなふうに思うのかも知れません。
家庭がいろいろと複雑で、3歳位で山梨県塩山市に住む父方の祖母の元に預けられ、5歳の時に母に引き取られて、北区東十条のマンションに引っ越しました。
北区岸町の家は母方の祖

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夜空を見上げて想う、大切なあの人

夜空を見上げて想う、大切なあの人

20代の後半、さまざまな事情から飲食店の仕事を辞め、ふらふらしていた頃に、友人が取締役を務める会社のお酒の納品先だった、丸の内にある中国料理店の仕事を紹介され、そこで1年ほどアルバイトをしていたことがあります。
高級な店でも、町中華でもない、ちょっと中途半端な立ち位置のお店。
丸の内駅前の、高層ビルの地下街にあることもあり、周辺のサラリーマンが仕事帰りにやってきては、ビールと紹興酒にコース料理で宴

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つよがりと言い訳(その1)

つよがりと言い訳(その1)

私はちょっと複雑な家庭に育っています。
母は2回の離婚の後、3度目の結婚は相手に騙されていたという曰く付きで、私も血は争えず、2回の離婚をしています。
母が父と仲違いをし、子どもたちが振り回されるたびに、弟はため息を付き、こう言いました。
「俺が大人になったらこんな親には絶対ならない」
私も弟も、幼いときに母の手を一度は離れ、別の暮らしをしていました。
私は父方の実家で祖母と暮らし、弟は母の友人宅

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叱ってもらえなかったあの日のセシル

叱ってもらえなかったあの日のセシル

仕事をしながらなんとなくSpotifyを開いて、たまたま表示されていたユーミンのベスト盤を再生してみました。
アルバムは45周年記念のベストアルバムで、荒井由実時代からの懐かしい曲も、青春時代にヘビロテした曲も、みんな入っているようなアルバム。
数曲が流れ、「セシルの週末」が聞こえてきたとき、旧い友達のことを思い出しました。
彼女の話し方や物の考え方、付き合っていた取り巻きの男たち、彼女の家族たち

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あの夏、コーラとスケードボードと

あの夏、コーラとスケードボードと

高校1年の夏、強い陽射しを避けることもせず、ポニーテールに結んだリボンを揺らし、黒いタンクトップ1枚で登る荒川土手への階段。
いつもの場所には50ccの古びたスクーターと、コーラのペットボトル。
彼はスケートボードで、颯爽と斜面を滑り降りていく。
あの夏を思い出す時、コーラとスケートボード、そしてサザンオールスターズは常にワンセットで、記憶の端々に現れる。
甘くて酸っぱい、思い出のコンボだ。

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クレタ島とアテネで過ごした11日間のこと。(1)

クレタ島とアテネで過ごした11日間のこと。(1)

それは2007年のこと。当時はまだ出版業界も今のように景気が悪くなく、世間一般も、中間層の人たちがちょっといい食事のときに、今でいうミシュランの星付きレストランに通えていた頃のお話です。ギリシャ政府観光協会からの依頼で、ギリシャに取材に行くことになりました。内容としては、クレタ島で行われるフードカンファレンスを取材してほしい、というもの。しかも、カンファレンスの取材後は、編集部が企画したプランにし

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野うさぎのロワイヤルと、シェフのこと。

野うさぎのロワイヤルと、シェフのこと。

これは2000年を過ぎた頃の話。恵比寿にとても良いフレンチレストランがありました。いわゆるグランメゾンだったけれど、当時はまだランチタイムなら時々行くことができるくらいの収入もあって。その店で、冬の間限定で出していたのが、野うさぎのロワイヤル。この料理、東京ではめったにお目にかかれない料理でもある。なぜって、新鮮な野うさぎが必要だから、なかなか口にすることのできない料理なのです。それを、その店は出

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