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雑談インタビューで冊子を作るサービス提供中。~はちもの研究所さんへ~
あれは〝なんちゃって婚活”をしていた頃。
お話をしている相手の方が、自分を出し惜しみされていると感じ、この人の魅力を引き出してあげたい!と思ったのが、最初の思いつきなんですが。
雑談の中でインタビューを行い、その人の自己紹介冊子を作るというサービスを提供しています。
今回、はちもの研究所さんに作らせていただくご縁があり、ワークショップに参加、さらにはラジオ出演も果たしました(>0<*)ので、
「人に振り回される」と嘆くのを止めた話。人生を後悔なく生きるために強くなる。
以前の私の口癖の一つは「人に振り回されてばかり。嫌になる」でした。
それも〝振り回してくる相手が悪い”というトーンで、怒りを込めて嘆く、という感じでした。
ある時、鋼メンタルの友人から「その言い方やめなよ」と言われました。
私は否定された悲しみからの怒りで、その後彼女が付け加えた説明をよく覚えていないのですが、「振り回されるのを放置しているのは自分自身でしょ」というような言葉だったのでは、と
〝一貫性”は、マイナス方向にも働く。テイカー(人から奪う人)タイプの同僚を観察して発見したこと。
〝一貫性”という言葉は、主にポジティブな啓発目的で使われることが多いと思いますが、私がその威力を痛感したのは、実は筋金入りのテイカー(奪う人)の同僚を通してでした。
世の中の人は、テイカー(奪う人)、マッチャー(自分と他人の利益のバランスを取る人)、ギバー(与える人)に分かれると言われています。
マンションコンシェルジュとして勤務していた時の同僚の一人ですが、その人のテイカー習慣には驚愕しまし
映画“PERFECT DAYS”鑑賞で改めて感じた、日々を丁寧に生きる大切さ。
役所広司さんがカンヌ映画祭で最優秀男優賞を受賞され、気になっていた映画“PERFECT DAYS”を鑑賞しました。
淡々とトイレ掃除をする日々を描いた作品と知ってから、とても観たいと思っていました。
紆余曲折のドラマや感動的な演出なしに、当人の心の動きをどう表現するのかなぁ、と気になっていたからです。
どうだろうか、と思っていたら、まさに期待通りで、自分の約10年間のマンションコンシェルジュ
攻める生き方をする!と改めて決心した話。老いは将来の自分事。
知り合いの方からお母様の話をいろいろ聞いてきたんですが、“これまでの過程を経て最近至った状況について考えさせられたこと”を、書いてみたいと思います。
友人は妹さんと2人兄妹で、共に結婚しています。お母様はお父様と一緒に田舎に住んでいましたが、加齢により二人共いろいろと体の不調を感じるようになってきたそうです。
長女である友人は次男の家に嫁いでおり、長子の責任感からも、ご両親の面倒をみようとかな
そば屋の出前か!というセリフを使う機会に、初めて出会った話。
去年1年間で、本気で怒ったことと言えばこれだけかも、というトラブルを振り返ったらなかなか学びがあったので、綴ってみたいと思います。
それは、上京して以来お世話になっている、婦人科での出来事です。
更年期の入口にさしかかり、漢方薬を処方してもらっているのですが、処方期間が最長3か月とのことで、その日も3か月分出しておく旨医師より言われ、処方箋を受け取り、帰り道に薬局で薬を受け取りました。
その
アルフォンス・ミュシャのゾディアック愛す。一生ものとして、傍にいてもらうのです♪
今回は、私が手放したくない宝もの、アルフォンス・ミュシャのゾディアックという絵について書いてみようかと。
15年程前、文房具店で、ポストカードに刷られていたゾディアックを見たのが、最初の出会いでした。
とても惹かれて購入し、小さな絵画として飾って楽しんでいました。アートに特別関心があった訳ではなく、ミュシャについても殆ど知らなかったんですが。
ある時、ミュシャの展示会があることを知り、軽い気
“ほど良い距離での温かい人間関係”が、良好な田舎生活の大きな鍵になる。
友人が母親から話を聞いて困惑した、というので理由を聞いたところ、私も驚きました。
経緯はこうでした。
まず、登場人物とその関係性ですが、下記のようなもので。
①友人は上京して東京に住んでいる。
②彼女の両親は二人で彼女の実家(田舎)に住んでいる。
③さらにその隣の市に親戚夫婦が住んでいる。
最近、その③親戚夫婦のご主人の方が入院し、暫く不在になっているという状況で、近所の人から②友人の母親
人生が上手くいかないと嘆いていた、当時の自分へ。“自分で選択する”の意味。
“自分の機嫌は自分で取る”だとか、“自分がどう反応するか、どんな行動を取るか、は自分で選択できる”ということが、完全に腑に落ちたのは、ここ10年位のことなんですが。
それまでの、マイナス思考でできあがっていた自分や、他責思考からくる自分勝手な怒りを持て余す日々を思い出す度に、どうしてもっと早く気づけなかったのか、と不思議に思います。
“自分で選択できる”という点に気づいた時、目が覚めた!という