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宝石💎のような

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感銘を受けた珠玉の記事を感謝と共に収めました。ありがとうございます。
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#日記

運命の扉の開き方

運命の扉の開き方

実は、9月の終わりに、もうそろそろ今年は終わるなと急に思い立ち、10月以降の1年間の年間スケジュールを立ててしまっています、笑

ま、1年の始まり・・・
というか、新しい月日の始まりって、人によって違ってもいいもんね♪

なんでそのタイミングで今年の終わりが来たのかな〜って改めて考えてみると、私にとって大半を占めていた物事があるのだけど、それを手放す時期が来たから、「あ!一年が終わる」って感じたの

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ペトリコールの共鳴【あとがき】

ペトリコールの共鳴【あとがき】

『あとがき』を初めて書く。

これが読まれているのは、
まだ見ぬ6月なんだと感慨深い。

日記やエッセイ、雑記に必要ない「あとがき」を、小説では初めて書いてみる。
理由はいくつかあるが、その一つは、
普段は表に出さない創作への自分の思いや考えを、
率直に表現したいと思ったからだ。

わたしは、ハムスターを主人公にした小説を書きたいという夢を抱いていた。

きっかけは、
ホームセンターで見たキンクマ

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小説: ペトリコールの共鳴 ㊱

小説: ペトリコールの共鳴 ㊱

←前半

最終話 ペトリコールの共鳴 ⑤
都心へ向かう帰りの電車は土曜日で空いていた。
膝に乗せたリュックのポケットはメッシュ素材になっており、キンクマが熟睡する姿が見える。

ペットショップでひとりぼっちだったキンクマと
妻に依存していた俺は、人生において最悪な状況や事件を一緒に乗り越えた家族だ。

キンクマはキンクマで、人間との生活は言語とネットを駆使して自立してきた。
そして俺はどうだったか

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履歴は問いません、今のあなたがみたいんですと言ってくれた人。

履歴は問いません、今のあなたがみたいんですと言ってくれた人。

こういう返事が返ってくるだろうなって

どこかで人は想像しながら話しかける

ことってあるけれど。

想いもよらない返事を頂いて、そのことが

忘れられないことってある。

わたしは、むかし1冊だけ短歌集の本を

出版したことがあった。

その時、とある方からお声をかけて頂いて、

ぼくたちのサイトで、もしよろしければ

書いてみませんか? と、お誘いを受けた。

今お誘いを受けたと、しれっと落ち

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傷つくだけで強くなれなかった。そんなわたしの声になってくれたひと。

傷つくだけで強くなれなかった。そんなわたしの声になってくれたひと。

心が弱っていて、しゃがみこみたくなるほど瞬間的におちこんでいた時。

ある人が教えてくれた。

何かに悩んでいて袋小路に入り込んでいる時は、

じぶんのことばっかりを考えているからだよって。

そう言われて、すこし恥ずかしくなっていたら。

俺もいつもそうだからって。

ほんとうにそうだった。じぶんのことばかりしか考えていなかった。

昨日もちょっとそんな感じだったんだけど。

人と比べていたんだ

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メメント・モリ。死じゃなくてあなたを想うそんな日々だった。

メメント・モリ。死じゃなくてあなたを想うそんな日々だった。

あの大震災からもう10年経ったんだと思いながら、

10年前のじぶんの日記をみていた。

あの頃、ツイッターを始めた知り合いの人が

何人もいたけれど。

わたしはなかなか手が出せなくて。

なにかを言ったり書いたりすることがすごく

こわくなっていた頃だった。

いつかやるよって友人には言いながら

やらないまま日々は過ぎ。

あの頃からなんとなくだけど、SNSやっていないと、

世の中に存在し

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ハルヲさんのロールキャベツって、手紙みたいだった。

ハルヲさんのロールキャベツって、手紙みたいだった。

昔、わたしがまだ小学生くらいだった頃、母の暮らす家には母の弟の叔父さんハルヲさんが住んでいた。

ハルヲさんはわたしにとって、お父さんでもない。

なにか友達のような存在だった。

だから、ハルヲさんのことをおじさんではなく、ハルヲちゃんって呼んでいた。

仕事はデザイナーをしていた。

ハルヲさんの事務所に行くと、いろいろな面白い形のオレンジ色の雲形定規や、色とりどりの鉛筆削り。

切り張りする

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インタビューを受けて、過去に許された気がした。

インタビューを受けて、過去に許された気がした。

つらい時、早く時が過ぎ去ればいいのにって想う。

今は昔よりも早く時が矢のように過ぎてゆく
けれど。

それでもつらい時は、その矢の形がどんな形か
みえるような、時間の流れ方をする時がある。

先月、以前お世話になったコラムニストの
上原隆さんから新刊のお知らせを頂いた。

10年ほどまえ、はじめて上原隆さんにお目に
かかった。

あの頃、わたしはひどい鬱を患っていて。

過去がどれもこれもぜんぶ

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SNSを離れて繁華街を歩いていたら、ラッパーらしき人とすれちがった2024年の始まり。

SNSを離れて繁華街を歩いていたら、ラッパーらしき人とすれちがった2024年の始まり。

日常ってあっと言う間に変わってしまうけど。
その変わってしまう日常にもいつしか慣れて
いく。

11月1日は、noteで出会ったイシノアサミさんと
一緒に絵本を出版することになって、
発行日はその日にしましょうと約束して。

その日に決めていた。

その日は奇しくも大好きな人の記念日でも
あったから、その日を楽しみにしていた。

10月のおしまいの日。

明日は本の発行日なんだなってうれしくなって

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「ルビーの指環」を聞けなかったあの頃のわたしへ。

「ルビーの指環」を聞けなかったあの頃のわたしへ。

はじめて、今年はひとりお正月を過ごしていた。

母がいた時はふたりお正月で、日常と
ちがうことをするのがふたりとも
乗らないよねって思うタイプなので
いつも通りしようねとか言いつつも
お正月仕様のお節や飾りつけに勤しんで
いたけれど。

ひとりと決まった時、お飾りとかお節とか
作らんでもよかですよねって自分を甘やかして
いたら。

何十年ぶりの一応断捨離的なことをして
みためすっきりしてきたので。

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父が描いた絵に、さよならの時の父の背中を思い出していた。

父が描いた絵に、さよならの時の父の背中を思い出していた。

父親が定年してから、はじめたのは絵画だった。

昔から、絵を描いて暮らしてゆくのが、

夢だったらしく。

画家を目指したこともあったらしいけど。

暮らしていけないからと、医療従事者の

職業を選んだ。

今も週に何度かは勤務していて、

ずっと働いていた事業所の定年間際から

教室に通っていると、聞いていた。

絵画の先生が、寡黙だけど、なかなかええんや。

って言って。

じぶんでちゃんと描

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勝手に逝くなよ。

勝手に逝くなよ。

静謐な鼓動へ、勝手に逝くなよ、とぶっきらぼうにつぶやいて涙した。そんな言い方しかできないのは、これから訪れる深い喪失に対しての防御だったし、言葉がわからなくても心は通じ合っている、と信じていたから。

すると、愛犬は、頭をスクッと持ち上げて後部座席から父母を見て、そのあと隣の私をじっと見た。その眼は、晴れた日の空色でとてもとてもきれいだった。そして、愛犬は、眼を瞑り口をくちゃくちゃさせて大きく長い

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空へ捧ぐ祈りもなく

空へ捧ぐ祈りもなく

深夜も3時をまわり、雨風がどこかへ行った

月光は周囲の雲を虹色にして
前回見た、まん丸の月と様相が異なる

満月を見た翌日だった
「月、見たか」 昼間にレオ氏から電話があった

「月が綺麗ですね」わたしが投げかける
「絶対言うと思った」から、話が長かった

月が綺麗ですね、に返せる言葉が詰まる
スマートに誠意を込めて返したい

通勤や移動時は、手帳に書いて
軽くないか、重くないか、慎重に考え

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こんな自分に生まれることが必要だった

こんな自分に生まれることが必要だった

様々な noteの使い方があって、わたしは内観用

わたしの中にも
きっと誰かの中にも、もう1人の自分がいて
対話しているのではないかと思っている

noteへは書き出すことで、想いを薄める
過去の同じ出来事を刺して、別の角度から刺して
次第に濃度が低くなる

「あなた」という、わたしと対話し
「あなた」という、わたしを責め
「あなた」という、わたしを褒め
「あなた」という、わたしを認める作業

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