(小説)白い世界を見おろす深海魚 3章(電話口の女性)
【概要】
広告代理店に勤める新卒2年目の安田(男性)は、不得意な営業で上司から叱られる毎日。一方で同期の塩崎(女性)は、ライター職として活躍している。
長時間労働・業務過多・パワハラ・一部の社員のみの優遇に不満を持ちつつ、勤務を続ける2人はグレーゾーンビジネスを展開する企業から広報誌を作成する依頼を受ける。
3
オフィスに戻って、川田部長に頭を下げた。
「担当者と話し込んでしまいまして……」という言い訳も無駄に終わった。
当たり前だ。
ぼくは一時間も、あのベンチで居眠りをしてしまったのだ。
怒鳴り声と舌打ちを浴びてから、目を伏せて自分のデスクに戻った。
「安田さんが外出している間に、営業の電話が掛かってきましたよ」
席に座るのを見計らったように、後輩社員の上山がやってきた。
叱られたばかりのぼくに気を使う様子もなく、あっけらかんとした態度で接してくる。
彼はメモ帳をデスクの上に置いた。
「『ウチでPR誌を作りたい』といった内容でした」
新規の客か。
ぼくはメモ帳を取って、殴り書きの社名を見た。
『キャスト・レオ』と辛うじて読み取れる。
汚い字だ。
少なくとも先輩社員に読ませる字ではない。
「この会社、知っている?」
上山に聞くと首を横に振った。
「知らないっす。さっき電話の人から聞きましたが、アパレルの会社みたいでしたよ。とりあえず、ここの担当者の青田さんって人に電話してみてください。声からすると若い女性でした」
んじゃあ、よろしくおねがいしやす、と上山は背中を向けて自分のデスクへ戻った。
キャスト・レオ。
顧客先にバラまいている名刺が、この会社の担当者に渡ったのだろうか。
ぼくはメモに書かれた電話番号を見ながら受話器を取った。
どうやら新規の顧客を受注できそうだ。
相手方から連絡が来る案件は大きな問題もなく、お互い契約に向けて話を進めることができる。
不況で広告費を削る企業が多いなかでは、ありがたい存在だ。
できれば面倒なクライアントであってほしくないなぁ。
少なくとも、“青田”という人物が、今朝のように威圧的な態度で制作費をゴネたりするような担当者でないことを祈った。
つづく
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リアルだけど、どこか物語のような文章。一方で経営者を中心としたインタビュー•店舗や商品紹介の記事も生業として書いています。ライター・脚本家としての経験あります。少しでも「いいな」と思ってくださったは、お声がけいただければ幸いです。