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てのひらの物語

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物語を綴るように、体験を通したエッセイ。
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めぐり逢い

めぐり逢い

朝ときどき散歩に行く小さな島で、よく出会う老夫婦がいる。

いつも海が見渡せるベンチに並んで座り、家から持参したポットから熱い珈琲を代わる代わるカップに注いで、手さげ袋からこれまた持ってきたシナモンロールを取り出し、その間とくに話すでもなく、まさに阿吽の呼吸という感じでお茶しながら、二人は黙って長いこと海を眺めている。

見かけるたびに、ああ、いい夫婦だなぁ、と思う。

私は結婚願望の薄い人間だっ

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猫派

猫派

私は、猫が大好きだ。
犬も嫌いじゃないけど、一緒に暮らすなら、だんぜん猫派だ。
猫は、一匹でいるのが当たり前で群れない。散歩させる必要がない。眠たくなったらすぐゴロンと横になり、夏は涼しいところ冬は暖かいところに、いつの間にか移動してる。
ご飯が欲しい時や、甘えたい時だけ寄ってきて気まぐれ、マイペースで人に媚びず、忠誠心なんてものはカケラもない。

猫の何がそんなにいいのか?
そもそも猫の形状とい

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霧の朝に

霧の朝に

霧雨にしっとりと濡れながら

白く煙る景色の中に佇んでいると

夢の中に迷いこんでしまったような

ぼんやりとした心持ちになってくる

港の方では何度も霧笛が鳴っている

その音に誘われるかのように

靄に包まれ歩いてゆくと

このままどこか知らない世界へ

吸い込まれてしまうような気がする

こんな霧の朝に

自分と同じ姿をしたもう一人の自分

ドッペルゲンガーに

会ってしまうのかもしれない

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彼方人の11月

彼方人の11月

11月は、こちらの国の言葉では ”死者の月” と書く。

第一週目の土曜日は「万世節」で、死者を弔う日であり、ハロウィンの習慣はないが、「万世節」は大切な日とされていて、故人を偲び、墓参りをしたりもする。

だから11月は、彼方人の月だ。

彼方人とは
あの世の者、別世界の人
他国から来た者のことも指すらしく
これは自分のことでもあるな…と思う。

私はこの国では永遠に異邦人だ。

彼方人は
"あ

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風の葬送

風の葬送

14時間もの飛行のあと、着陸体勢に入った飛行機は、今まで感じたことのない程の大きな揺れと轟音を伴いながら下降し始めた。
窓の外は真っ白で何も見えず、機外カメラからはビリビリと機体に電流が流れるように稲妻が走っているのが見えた。
ドーン、ドーンと何かに打ち付けられるような揺れの度にガクッと高度が下がり、体が座席の上で大きくバウンドする。機体の加速が機内にも伝わり、やがて、まるで暴れ馬に乗っているかの

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お友だちは、ユーレイ

お友だちは、ユーレイ

母の生家は霊園の中にあった。
其処には祖父や祖母の墓もあり、幼い頃はお盆の時期になると家族で墓参りに訪れていた。

病弱だった夫と六人の子供を抱え、祖母は生活のために霊園管理の職を得て、住み込みといういうのだろうか、一家は霊園の中に管理所も兼ねて建てられた借家に住んでいた。
霊園のある山は街の中心部に位置しており、中腹にあった霊園からは美術館や市立図書館、デパートにも徒歩で行けたので「自分は都会育

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夢の中へ帰る

夢の中へ帰る

夢を見たことを久しぶりに起きた後も覚えていた。

以前よく夢の中に出てきた、知らないはずなのによく知っている場所に私は居た。

煙のように消えてしまった、あの町へまた帰って来たのだ。

今までと少し違っていたのは、その町から別の町へ電車に乗って出かけ、またあの町へ帰ろうとしていることだ。

だけれど、私は帰れない。
降りる駅の名前が思い出せない。

夢の中で私は迷っていた。

仕方がないので次の駅

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野花のベッドで眠りたい

野花のベッドで眠りたい

北国にも、ようやく遅い春がやって来て、スプリング・エフェメラル(Spring Ephemeral)と呼ばれる、春の儚い花たちも咲き始めた。
これらの野花は、可憐でひっそりとした風情というよりも、蔓延っていると言ったほうがいいくらい旺盛にびっしりと咲いていて、その様は、まるで花の絨毯というか寝床のようにも見え、思わずその上に寝そべってみたくなる。

たぶんこの国では、本当に寝そべっても誰にも何も言わ

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氷の芸術

氷の芸術

朝、海沿いを歩いていると、凍っていた海が溶け出しており、海風に吹き付けられた無数の氷が岸辺に打ち上げられている風景を目にした。
薄いガラスの層が幾重にも積み重ねられているようで、一枚ずつ手に取り眺めたくなるような光景だった。

透明な氷のプレートが朝陽にきらきら輝いて美しい。
まるで自然が作り上げた現代アートのようだ。

とりあえずスマホで撮影して、翌日は一眼レフ持参で同じ場所に駆けつけたものの、

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白鳥は歌う

白鳥は歌う

冬の初め頃から、近所の島で見かけるようになった白鳥のつがいと子供がいる。
マイナス10度以下の気温になり本格的な寒さがやって来ても、白鳥ファミリーはまだ留まっている。
普段白鳥は春先になると南からこの国へやってくるため、春を運んでくる鳥だ。
そして冬の訪れと共に再び南へと飛び立つので、こんな季節までこの地に残っていることは珍しい。

朝、島へ散歩に行くと、凍りかけた海上にまだ白鳥ファミリーがいた。

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思えば遠く来たもんだ

思えば遠く来たもんだ

子供の頃から私には放浪癖があったらしい。

親が目を離した隙に、しょっちゅう、ふらっと何処かに歩いて行ってしまい、その度に探し回るハメになったのだという。

あれは4歳くらいの記憶だろうか、私は人気のない住宅街の道を一人でテクテク歩いている。
真っ直ぐに歩こうと思っているのにどんどん斜めに逸れて行ってしまい、とうとうドブに落ちてしまった。
下水道が発達していなかった昔の家の脇にはドブと呼ばれる側溝

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精霊になった、あなたへ

精霊になった、あなたへ

車ごと列車に乗り込み、南の街から1000km離れた北へと向かった。
車窓を流れる風景は、平原からなだらかな稜線を描く山々、白樺から針葉樹の森へと移り変わってゆく。
極北の大地は太陽の沈まない完全な白夜に包まれ、薄明の空の下を一晩中、夜行列車は走り続ける。

ガタンゴトン、ガタンゴトン、レールと車輪の軋みに揺られ、コンパートメントの三段ベッドに寝そべっていると、「大いなる鉄路」でナレーションを担当し

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人生劇場〜街の片隅で

人生劇場〜街の片隅で

先日越して来たばかりの地区は、パン屋やチョコレート屋、小さなカフェやパブ、様々な国の家庭料理レストランなどが軒を連ね、適度に街の喧騒を感じさせるが、大通りから一歩入ると静かで、緩やかな坂を登ってゆくと石畳沿いに百年以上も前に建てられたクラシックなアパートメントが立ち並び、坂を登りきった一角に私たちの住居がある。
若かりし頃パリが好きだった夫に言わせると "モンマルトルみたいな" 古き良き下町風情の

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わたしの海

わたしの海

私は山に囲まれた片田舎で生まれ育ち、そこは海のない町だった。
子供の頃に海水浴へ行った事も片手で数えられる程で、だからずっと私にとって海は身近ではなかった。
上京してからは、鎌倉や江ノ島など湘南へは年に1回くらいは訪れていたと思う。行ったあと暫くは海の近くに住むのもいいなと夢想したが、日々の忙しない暮らしの中でそのうち忘れてしまい、結局、都心の便利な沿線にある駅からもそう遠くない住居に住み、そこそ

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