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すなをとむらうやうに。
海を見に行こうと思った
でも、海は怖いと思った
海底の真っ白な砂は掬い上げれば
私の指の隙間を通り抜ける
その中に宝石はあった
私はそっと、その透明な光を集める宝石を
静かに砂の下へと沈ませた
ある日私は宝石の場所を見失った
鯨の声は遠くて、おぼろげで、
優しくて、そして怖いと思った
その歌声に抱きしめられてしまったなら
私は放り出されてしまったこの世界で
生きることができないような
そんな気が
寧日にペトリコールと、思うがままに。
昔、病院の先生から自分がHSPの傾向があると言われた時から今まで、たぶんそうなんだろうと思って生きている。病気や障害じゃなくてあくまでもその人の「性質」だから、医師にちゃんと診断してもらうってことは難しい。だからどうしても判断のほとんどは主観に頼るしかないのだけど。信頼している先生にそう言われたから、勝手に自分の中でだけ、HSPは私を構成する特徴の一つにしてある。
だいぶこの言葉も世間に浸透して
かつて52ヘルツだったわたしへ。
どうやら私の好きな小説が映画化するらしい。ので、今一度読み返して私の主観たっぷりの読書感想文としたいと思う。
物語のネタバレにはあまりならないようにしますね。
「52ヘルツのクジラたち」
この本を初めて手に取ったとき、作品名の意味を知らなかった。確か購入する前に気になってグーグルで検索したと思う。
クジラはまるで歌うみたいにコミュニケーションをとる。海の中で揺蕩うように波に乗せて。けれど52
喉元に在る想い、回想録と。
最近読んだ本に、「料理と言葉は似ている」という記述があった。
料理は作ったものを誰かが食べることにより初めて「料理」になる。誰も食べることが無いならそれはただの廃棄物となり、料理とは言えない。
言葉も同じだという。声に乗せなければ、文字に起こさなければ、それは何にもなり得ないのだと。ただ喉の奥にあるのは「自分が考えていること・想い」に過ぎず、言葉じゃない。ちょっと腑に落ちた。
じゃあどうして人は
多感な僕らは複雑さをほどけずに。
「あなたに私の何が分かるの?」
ドラマとかでよく耳にする言葉。
聞きすぎてだいぶ飽和してしまっている言葉。
一日に日本のどこかで喧嘩しているうちの5人くらいは言っていそうな言葉。
この言葉の返しとして妥当なのは「分からないよ」かな。
恋愛ドラマとかだともっと甘い言葉でも囁くのかしら。
すごくどうでもいいけど。
同じ価値観の人間なんて存在しない。それは至極当然のこと。
だって同じ環境で育った兄弟
晴れていたなんて知らなかった。
30歳までには死にたいと思っていた。
そんな16歳の暑い暑い夏の日に、今まで硬く積み上げていると信じていた私の脆すぎる塔は一気に塵と化した。汗なんて一滴も出なかった。
思い返して考えることは、たぶん私の中の雪崩が起きていなかったなら、今頃別の人間になっていたんだと思うってこと。
けれどこの人生に誇りを持っていいのかはまだ分かってない。崩れた塔を少しずつ立て直して、綻びができたなら下へ降りてまた
アンバランスな夏の果てだ。
私の長期休みは必ず何か事件が起こる。
いや、事件と呼ぶに値しないことかもしれないけれど、
まあ、私にとっての事件。
実際、春休み起きた事件は驚くほど「酷く落ち込んだこと」。時間がありすぎるって怖いことだと思った。自分と向き合いすぎて、どうにもならないことで頭がいっぱいだった。
だから夏休みはせめてたくさん予定を入れよう。予定をたくさん入れれば落ち込むこともないだろう。そう思って実家に帰省する前か
『アルジャーノンに花束を』日記。
進むのが怖くて、だんだんと読むペースが落ちた。
本を読むことは好きだけれど、結末に向かうにつれて、どんな終わり方をしていくのかをなんとなく察してしまう。これまでにそんな私の脳内での葛藤によって、意図的に「読み終えることを辞めた本」がいくつもある。
でもこの本だけは、読み終えなければならない。とよくわからない使命感と責任感に追われている。
本を開いてしまった、チャーリィの人生を始めてしまったこと
春めく。人々は変化しようとする。
春が苦手。そう言うと、結構疑問に思われる私。
でも桜は大好き。花が大好き。
咲き方で値打ちなんてしないでほしいと願うほど、花は好きだ。
花ほど純粋なものはないでしょう?
土の種類で色が変わって、日に向かって伸びて、適正量の水があれば咲き誇る。
日陰の花はおとなしく、水がなければ最小限の生き方をして枯れていく。
私はとりあえずまだ花粉症でもないし。
じゃあなんで春が苦手なの?
それは、気圧変動
これっぽっちな私の死生観
突然ここに書き残すこともどうかと思いますが、
精神科・心療内科・カウンセリングに通うことは、恥ずかしいこと、惨めなことじゃありません。
ちなみに私も16歳の頃から今でもずっと通っています。心って、自分じゃどうにもできないことがあります。心の奥ではそう思っていなくても、自ら死を選ぶこともあります。少しヘビーな内容ですね。
海外ではこうなのに、日本ではこうだということはたくさんありますが、良くも悪く