アルエ
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アルエ

タカトウリョウ⚡

 いる。やっぱり今日もいる。

 学区内の書店に併設された、こぢんまりとしたCDショップの片隅にとある女学生の姿を発見した僕は、思わず息を呑んだ。

 古びた十円玉を彷彿とさせる栗色のショートヘアに、アナクロ教師陣へのアンチテーゼとも取れる前衛的ミニスカスタイル。形の良い耳にはチープな有線イヤフォンと、そして軟骨ピアスがワンポイントできらり。いっちょまえにメイクまで施しており、もとより大人っぽい顔立ちがよりいっそう大人びて見える。

 没個性的量産型十七歳にとって彼女は、たとえるならATフィールドを発動した使徒ばりに近寄りがたい人種に他ならなかった。他ならなかったのだが、一方でどうにかお近づきになれないものかと日がな懊悩する自分自身も確かに存在していた。

 何せ彼女は敵対すべき使徒なんかではなく、こちら側の人間、つまり同志だったのだから。

 同じ高校の生徒らしき彼女が華奢な肩から提げたネイビーブルーのスクールバッグは、いくつもの缶バッヂ類で賑々しく装飾されていた。

 ニルヴァーナにマルーン5、ウィーザーにオアシス、グッド・シャーロット。缶バッヂ一つ一つには著名海外バンドのネームロゴがプリントされていて、そのラインナップときたら僕の内奥に鎮座ましますロックンロール・スピリットを大いに奮い立たせるものばかりであった。

「…………」

 午後四時。俗っぽい、流行りの腐れラブソングが流れる中古CDコーナーの一角。胸元のヴィヴィアン・ウエストウッド風ネックレスを爪の長い指先で弄びながら、彼女がまるで精巧なリアルドールのような無表情さでアルバムCDの棚とにらめっこしている。片や僕は、そんな彼女を横目で見やりつつ、心で独りごちる。

 友達になりたい……。

 少女Xへの興味が加速度的に膨らむに連れ、それに比例するようにCDショップを訪れるペースも増えてゆくのであった。

○○○

 ショートヘアかつクールビューティーな彼女のことを「新世紀エヴァンゲリオン」の主要キャラに準えてアヤナミと呼んでみたり、アヤナミと一緒にライブハウスに足を運んでいる姿を妄想してみたりと、そんな痛々しい日々が二ヶ月ほど続いた頃だろうか。校内、あるいは放課後のCDショップにて彼女を見かける頻度が目に見えて減り始めたことを、僕は何だか不穏に感じ始めていた。

 もっとも、この期におよんでも僕がアヤナミと接触を試みようと奮起するようなことはなかった。対異性コミュニケーション能力が著しく欠如した文化系が勇気を振り絞り、仮に話しかけることに成功したところで、せいぜい街のアブナイ奴認定されてしまうのが関の山である。

 認めたくはないけれど、僕ごときが彼女にとっての碇シンジになれるはずがない。

「ありがとうございましたー」

 六限終わりに立ち寄ったCDショップにアヤナミの姿を見つけ出すことは、今日も適わなかった。これで五日連続だ。
 
 購入したばかりの中古CDを小脇に、僕は幾分気落ちしながら店を出ると、店舗裏手に続く長い坂道を愛車の婦人用自転車でもって一気に駆け上がった。

 排ガスと喧騒に塗れた晩秋の街は、いつの間にか黄金色に染まっていた。

 片耳に装着したカナル型イヤフォンからは、バンプ・オブ・チキンが流れている。ヴォーカルの藤原基夫が、安物MP3プレーヤー・クオリティのくぐもった声で「銀河鉄道」を歌っている。

 詩的な歌詞を空っぽの脳内で反芻しつつ、僕はいまだかつて見たことのない銀河鉄道と、そして銀河鉄道に乗り、時速二百キロメートルで惑星ニビルへと飛び立ってしまうアヤナミの姿を想像した。

「……ただいま」

 帰宅すると、リビング一帯にクリームシチューのかぐわしい香りが漂っていた。キッチンではパート帰りの母親が、ローカル局のFMラジオをBGMに夕飯の支度をしているところだった。

「おかえり。今日もまた寄り道してきたの?」

「まあ、ちょっとね」
 
○○○

 アヤナミのいない日常が、いつしか僕の中で当たり前になっていた。

 当初こそ至る場所に彼女の幻影を見ていたのだが、そんなこともついになくなってしまった。

 僕は十八歳の誕生日を迎えていて、高校三年生になっていて、受験生という立場にも拘わらず友人連中と共にロックバンドを結成していた。

 ちなみに、僕の担当はギター。ステージネームを自ら「レッド」と名乗り、そりゃおまえTIMの片割れじゃあるまいし、という多方面からのごもっともな指摘を受けながら、メタリックレッドのストラトキャスターをギャンギャンと掻き鳴らしていたのだ。

「なあ、ところでよー」 

 スタジオ練習後の、自宅に続く帰り道。

「オメー、明日暇か?」

 ネイティブな地方訛りを用い僕にそんな言葉を投げかけてきたのは、定時制高校に通う三年生で数ヶ月前に知り合ったばかりのドラマー、吉田聡その人であった。

「先輩がギターやってるバンドのライブに誘われたんだけど、観にいかね?」

 いまだ謎多き金髪ヒゲ男、吉田からのこのような誘いは極めて珍しく、シンプルに嬉しくなってしまった僕は、

「いいよ」

 といささか軽い調子で首肯。

 すると直後、吉田が鋲だらけのくたびれたウエストポーチからマールボロ・メンソールの箱を取り出しながら、

「バンプのコピーバンドで、まあ俺もまだ観たことねーんだけど、結構評判良いっぽい」

「へえ、楽しみだな」

「しかもメンバー全員、女子大生だってよ。あわよくば打ち上げ参加させてもらおうぜ」

 素行不良少年の口から吐かれた大量のスモークが、盆の宵に吸い込まれるようにして溶けてゆく。

 年上女性も、悪くない。

○○○ 
 
 左手首に巻きつけたノーブランドのアナログ時計が、午後五時を指し示している。

 ライブ当日。今日も今日とて真夏日を記録した県内市街地。最寄り駅構内のコンビニエンスストアで落ち合った僕と吉田は、徒歩圏内に佇むファッションビルの地下一階――行きつけの楽器店へと向かった。

 全国展開をするこの総合楽器専門店には有料のレンタルスタジオ・スペースが設けられており、要するにここで小規模ライブイベントが催されるということだった。

 顔見知りの中年アルバイターへのあいさつもそこそこに、僕らは店の最奥部へと歩を進める。

 ……着いた。

 入店から十秒と経たずして辿り着いた会場。僕は一呼吸置いたあと、ガラス張りの重厚なドアを力いっぱいに押し開いた。わずか〇・五秒後には鼓膜をつんざくような轟音が、大洪水となって全身を包み込んでいた。

「やってるやってる」

 滴る汗とヘアワックスとデオドラントスプレーの匂いが充満する狭小かつほの暗い空間には三、四十人ほどの若者がすし詰め状態にあり、さらにはイベント出演者による生演奏がすでに始まっていた。

「これ、先輩のバンド!」

 傍らの吉田が耳元で叫んだ。

 視界の先数メートルにはマーシャル製の機材を背景に、眩いばかりのスポットライトを浴びる四人組ガールズバンドの姿があった。

 ケレン味のない、透明度の高いヴォーカルが、スタジオの隅々にまで響き渡っている。

 同世代と思しき少年少女たちの多くは縦ノリであったり、拳を突き上げたりと、各々の楽しみ方で気迫溢れる演奏に酔いしれているようだった。

 もちろん、僕だって例外ではない。腕を組み、終始すかしたポーズこそ取っていたが、内心では彼女たちの奏でるロックンロールにぴょんぴょんと胸を躍らせていたのだ。

○○○

 計三組のバンドが出演したミニイベントは盛況のうちに幕を閉じた。

「カッコよかったな!」

「ああ、最高だった」

 疾走感溢れるロックナンバーを立て続けに演奏した技巧派ガールズバンドの周囲にはイベント終了後、ちょっとした人だかりができていた。

「今から先輩にあいさつしてくっから、オメーもついてこいよ。打ち上げ参加してーべ?」

 地元アマチュアバンドの物販Tシャツを召したソース顔の言葉に、僕はこくりと頷く。

 いよいよである。

 言い知れぬ緊張の中、僕はなし得る限りのイマジネーションを総動員。麗しき女子大生とのひと夏のロックンロール・アバンチュールを脳内キャンバスに思い描きながら、不退転の決意で友の背中に続いた。

「……あ」

 そのときのことだ。

 少女たちの取り巻きの中によく見知った顔を発見した僕は、思わず足を止めた。

「アヤナミ……」

 だった。

 矢沢あいのマンガの中でしか見たことのないようなザ・パンクファッションに身を包んだ綾波が、メンバーの一人と――吉田の先輩と親しげに話していたのだ。

 心臓がヘヴィメタルを熱演し、荒々しく暴れ始める。

 このとき、アヤナミと再会した喜び、戸惑い、どちらの感情も等しいパーセンテージで芽生えていたのだが、それよりも何よりも彼女が楽しげに両手を叩き、コスモスのような笑みを浮かべ、特定の人物とサシで会話を弾ませているという光景に僕は、言わばキャパシティオーバーの衝撃を受けていた。

 いつだって一人で、クールで、ミステリアスで、どこか寂しげな印象を醸していた彼女。

 アヤナミという人間について僕は、つくづく何も知らない。

「おい、どうした? 早くいこうぜ」

 と、ここで不意に、脳裏に一筋の閃光がほとばしった。吉田なら彼女の素性について何か知っているかもしれない。

「なあ、吉田」

 顔が広く、バチカン市国の人口と同等かそれ以上のアドレス登録件数を誇る軟派男にすがるように僕は尋ねた。

「今、ギターの彼女と話してるあのコなんだけど……おまえ、知ってるか?」

 二秒か、三秒か。そのくらいの沈黙があっただろうか。幾ばくかの空白のあと、吉田は意味もなく顎ヒゲを触りながら「ああ、あいつな」と呟やき、

「中学時代の同級生」

「同級生?」

「ま、不登校みたいなもんだったし、ほとんど話したことねーけど。確か高校辞めて、今は母ちゃんの店……スナックだったっけな。手伝ってるらしい」

 点と点が線で繋がった瞬間であった。

 薄々感づいてはいたが、やはりアヤナミは高校を退学していたのだ。ある時期を境に彼女をめっきり見かけなくなった理由は、おそらくそこにあった。

 無論、退学に至った経緯が金銭的問題によるものなのか、人間関係によるものなのか、何なのか、僕には知るよしもない。けれど、いずれにせよ、彼女が学校側からの一方的な処分を受けていたとしたならば、僕は一生をかけて母校を、そして黒い交際があるともっぱらの噂のハゲ校長を怨んでやろうと思った。

「つか、何だよオメー、あいつが気になんのか?」

「別に……」

「ま、んなこたぁどーだっていいや。行こうぜ」
 
 くるりとターンを決めた吉田が、オードトワレの重々しいバニラ臭を置き去りに、ふたたび少女たちのもとへと歩き出す。
 
 視界の先のアヤナミは、当然のことながら僕たちの存在など気にも留めておらず、相変わらずリッケンバッカー・ガールとのおしゃべりに興じている。

 二人の会話の端々に「彼氏」「赤ちゃん」「結婚」などというワードを耳にしながら、僕の両足はまだ、やはり動作停止を保ったままだ。

○○○

「……ちょっとトイレ行ってくる」

 そう呟き、楽器店の外へとエスケープしてからすでに数分が経つ。

 きっかけはアヤナミだった。不意に彼女と視線が重なり合ったその瞬間、僕は一対の黒水晶のような瞳にどういうわけか怯んでしまい、脊髄反射的に踵を返していたのだ。

 気づけば、疾走していた。腕を振り、セラミックタイルを蹴り飛ばし、文化系にあるまじき俊敏な身のこなしで、だだっ広いフロアを駆け抜けていた。

 なぜ、どうして怯む必要があったのか、また逃げる必要があったのか。僕は自分自身にも理解することができなかった。だがしかし、いったん走り出した両足は止まらなかった。哀れ暴走機関車と化した痩身は男子トイレを素通りし、少女の想念を振り払うかのごとく走って、走って、走りまくった。

 ファッションビルを抜けると、むせ返るような熱気が待ち構えていた。

 人々が行き交う薄暮の街。遠方で響くパトカーのサイレン音。

 ゆうに百メートル以上は走っただろうか。やがて僕は足を止めた。蝉の死骸転がる歩道の真ん中でゼーハーと息を切らしながら、毛穴という毛穴からは滝汗が止めどなく流れ続けている。その様子を、たまたま傍を通りかかった四十過ぎの厚化粧女が気味悪そうに見ていたが、まあ知ったことではない。

 一分弱のインターバルのあと、僕はふたたび歩を進めた。さすがにもう走る余力は残されていなかった。自宅に続く道を亀の歩幅で前進しつつ、ボディバッグに忍ばせていたMP3プレーヤーを何の気なしに起動。

 イヤフォン越しに鼓膜を揺らすアップテンポな楽曲が、少女の姿を脳裏に否応なく想起させる。

 あのとき、アヤナミと目が合った瞬間、僕がその場から立ち去るという愚行を働いていなければ、果たしてどのような未来が待っていたのだろうか。共に打ち上げに参加し、音楽トークに花を咲かせ――。そんな「タラレバ」の世界線を想像してしまったが最後、悔悟の念が止まらない。

 ついにいても立っていられなくなり、しかしだからといって何ができるわけでもない不甲斐なき僕は、衝動的にMP3プレーヤーのボリュームをマックスまで上昇させた。

 外界を完全にシャットアウトした世界に、ゆらりと身を委ねる。

「…………」

 エスケープ寸前、こちらを見たアヤナミが、何か言いかけていたことをふと思い出す。あれは一体何だったのだろう。言わずもがな、それを確かめる術はもうない。

 禍々しく燃える夕空の下、僕は爆音の「アルエ」を聴きながら、名も知れぬ少女に未練がましく思いを馳せ続けた。

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タカトウリョウ⚡

オーイエーアハーン!

小説家になろう&エブリスタにて小説連載中✒️
タカトウリョウ⚡
ヱモーショナル・ハードコア作家✐▷架空の出版社「マボロシ文庫」編集長▷note編集部のおすすめ選出③回▷#磨け感情解像度コンテスト佳作▷note × Unity Japan「#心に残ったゲーム」にて厳選記事集選出▷note以外の実績はプロフィールへ