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ある日の記録

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日常の中でたまに起きる、忘れたくない一日のこと
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#エッセイ

容れ物

容れ物

4月の下旬に祖母の訃報が届いた。その少し前に、久しぶりに祖母のことをふと思い出してnoteにも書いていて、今年の夏頃にまた会いに行けたらいいなぁなんてのんきに思っていたところへ届いた知らせだった。間に合うことと間に合わないこと、人生ではどちらのほうが多いのだろう。

お通夜と告別式の日程がゴールデンウィーク前半に決まった。しっかり悲しむ間もなく、バタバタと仕事の予定を調整する。仕事の納期を特別に延

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祖母がくれた褒め言葉

祖母がくれた褒め言葉

あれは6年前の初夏のこと。米寿を迎えた祖母に会いに行こうと、久しぶりに母方の実家へ家族で遊びに行った。父は家で犬猫の面倒を見るため一人お留守番で、行き帰りの道中は母と姉と妹と私、女4人のプチ旅行となった。

ざっくり分けると、家族の中で私と父は基本的にはマイペースなおっとりタイプで、あとの3人はおしゃべり好きなちゃきちゃきタイプだ。性格は違えど、一時期は毎年あちこち姉妹で旅行に行っていたくらい姉妹

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夢で会えたら

夢で会えたら

今日、昔の友達に会いに行く夢を見た。

初めて行くマンションだけど迷うことなく目指す部屋へと足を進める。階段を上りきるとちょうどその部屋に入っていく見知らぬ2人組がいて、私も彼らの後に続いてドアが閉まる前に中に滑り込んだ。

部屋の中には大きなテーブルが1つあり、友達は私の知らない人たち10数人ほどと一緒にそこで楽しそうにしゃべっていた。どんなつながりなのかよく分からない、年齢も性別も雰囲気もばら

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念願の自粛後初ライブ

念願の自粛後初ライブ

◆はじめに10月24日(土)、下北線路街空き地でのイベント「+ing feat YABITO FESTIVAL」で関口シンゴさんのソロライブを見てきた。時間にして30分ほどのステージ。気持ちのいい秋の夜に芝生の上に座って見るライブはとても素敵で、本当に幸せな時間だった。

今年2回目にして約9か月ぶりの配信じゃないライブ。今年は配信ライブにもたくさん楽しませてもらってきたけど、やっぱり現地で見るラ

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偶然の先にある未来

偶然の先にある未来

大学時代、気の合う男友達がいた。出会った当初の私たちはちっとも仲よくなりそうな気配なんかなかったのに、いつからか距離が縮まり、何かのきっかけで夜の暇な時間に電話でもしゃべるようになり、そのうち2人でごはんに行くようにもなった。女と男ではあるけれど色っぽい空気など一切なくて、ただ2人で話しているのがやけに楽しい、という感覚を共有していることはお互いに分かっていた。

彼は私より先に二十歳になり、酔う

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下界の彼と仲直りした、旅路の夜

下界の彼と仲直りした、旅路の夜

「もしもし、今どこ?」

気まずそうな恋人の声。呼び鈴を押しても出ないから、電話をしてきたのだろう。

黒い空に輝く月と白い雲を近くに感じながら、私は努めてシンプルに答えた。

「富士山、の5合目」

「は!?」

予想どおりの反応に、思わず小さく笑ってしまう。

私と彼はケンカ中だった。

その夜、私は彼に何も言わず、勢いで女友達と富士山に来ていた。勢いと言っても、装備や下調べは万全だ。少し前に

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姉とヨーグルト

姉とヨーグルト

ヨーグルトと言えば、思い出すのは姉のことだ。あまり意識したことはなかったけれど、思えば昔から、姉はよくヨーグルトを食べていた。

私には姉と妹がいる。大人になった今でこそ、姉妹で旅行に出かけたり仲よくしているけれど、小さいころはよくケンカもした。それでも、昔からおやつだけは仲よく一緒に食べてきた記憶がある。

小学校低学年くらいまでは、母が2~3種類のおやつを少しずつ均等に、色違いのプラスチック製

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3月28日、昼間の街と人と私。

3月28日、昼間の街と人と私。

3月末の東京の気候は、着るものに迷う。特にこの1か月、仕事漬けでほぼ外に出ていなかったので、今日の外出前に何を着ればいいのか予測を立てにくかった。

iphoneの天気予報では昼過ぎの気温は14℃。冬物のコートを着ようか着まいか迷って、ベランダの窓を開けた。

寒くはないけれど、吹く風にまだそこまでの暖かさが含まれていない。

瞬間、これまでに越えてきた幾度もの3月の空気感がふわっと体内を駆け巡っ

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愛しい6秒

愛しい6秒

日常のふとした時に、空を見上げる。

電車の流れる車窓の向こう。

自転車をこぐ、スーパーからの帰り道。

エレベーターから玄関までの数メートル。

洗濯物をとりこむベランダ。

そのたびに、ああ、この色合いが最高に好きだ、と思う。

川面よりもまぶしい水色。
幻想的な青とピンク。
淡いグラデーションの藍。
ピンクとオレンジの間の夕焼け。

どの色も、二度と見られない。写真には収まらない。

ずっ

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風の中の手

風の中の手

海の近く、見晴らし台への階段の途中。
上るほどに、風が強く吹き荒れる。
髪は乱れ、生き物のように次々と形を変えていく。
はしゃいで先に進む友人たちの後方で、私はついに立ち止まった。

風が怖い。

優しいそよ風は、好きだ。
だけど荒々しく吹きすさぶ風は、どうにも怖くてしかたない。

一瞬のうちに、どこから来て、どこへ行くのか。
その途方もない距離を思うと動けなくなる。
宇宙に放り出されるような気が

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子どもみたいな、大人の夏休み

子どもみたいな、大人の夏休み

この間の週末、とてもいい日を過ごせた。海外から友達が出張で日本に来ていて、久しぶりに会えることになったのだ。その友達の友達、そのまた友達も集まって、みんなでちょっとだけ遠出をしてきた。

大人になると、こういう時の「はじめまして」をすんなりと楽しめる。下の名前と、どんなつながりの友達かだけ紹介し合って、あとは適当に後から話していく。大好きな友達の友達とそのまた友達は、やっぱり素敵な人ばかりだった。

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詩をよみたいと思った日

詩をよみたいと思った日

「はるのひ」という名前は、中原中也の『春の日の歌』という詩から来ている。初めてこの詩を知ったのは、”文字“ではなく、”音“だった。

朗々と読み上げられたときの、その独特のリズム。ぱっと正確には意味が取れないのに、どこか惹かれる…そんな経験は初めてだった。

*****

春の日の歌   作・中原中也

流(ながれ)よ、 淡(あは)き 嬌羞(きょうしゅう)よ、
ながれて ゆくか 空の国?

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あの日、あの時、あの場所でしか出会えなかった人

あの日、あの時、あの場所でしか出会えなかった人

あの夜。いてもたってもいられなくなり、メイクを直して玄関を飛び出した。

最寄駅に向かい、朝のラッシュとは打って変わってすいている上り方面の電車に乗り込む。終電も近い金曜の夜。すれ違う下りの電車は、帰路につく人々で混雑している。数時間前の自分は、どんな表情であちら側に乗っていただろう。がらんとした車内から暗い外を眺めながら、自分の行動にまだ少し驚いていた。

恋人には家を出る前に「おやすみ」とメー

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空をたたむ

空をたたむ

干しておいた大量の洗濯物をたたもうと、ハンガーからスカートやらシャツやらをスルスルとはずして、布団の上に山盛りに重ねていく。

何となく、もうここでたたもうと思い適当に座ったら、ちょうど窓を正面に見据える向きになった。

さあたたむぞ、と薄手のシャツを1つ取り上げて目の前に広げてかざすと、シャツの向こうに青空が透けて見えた。視線を少しずらすと、窓越しの広い空がシャツと私の両手をかたどる。流れる白い

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